嫌いの意味には気づくな
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日曜日、私はお母さんに会いに大江戸病院に来た。来る途中で降ってきた雨は、病室に着いたときには強くなっていて一瞬、本当に一瞬だけ沖田のことを考えた。


「今度の日曜、恵比寿ガーデンプレイス、時計広場、1時」


沖田が一方的に決めた約束の日は今日。でも私は行くつもりはなかった、だって今までの沖田の言動および私への多大なる被害を考えれば"そうだ、京都に行こう"みたいな軽いノリでいくわけがない。行ったら最後、清水の舞台から飛び降りるくらいじゃ済まされないモンが待っているに決まっている。


「マナ、元気だった?」


「うん。超元気、お店も結構繁盛してて最近なんてね‥」


お母さんは私の話に笑顔で相づちをしてくれる。留学から帰って来てからお母さんとのこういう時間を大切にするようになった。とくに最近は色々あったからあまり来れなかった分、今日は話すことがたくさんあった。


「総悟くんとは?仲良くやってるの?」


お店のことやお祭りのこと、金成木さんのこともちらっとだけ話し終えて、お母さんがAIBOの良さについて熱く語ったあとお母さんは白々しくそう聞いてきた。


沖田と仲良くやってるかだって?犬と猿よりも相性悪くて、挨拶すら交わさなくなった熟年夫婦よりも仲悪い私たちにそんなこと聞くこと自体間違ってるっての!


「お母さん、あいつとAIBOの話はしないでくれる?」


「仲良くやってるみたいね、安心したよ」


ホッと胸を撫で下ろすお母さん。おーい?おかしいぞ、私たちが仲良くやってる要素どこにも入ってないよねお母さん。


「実はのり子さんに聞いちゃったのよぅ、デートするんでしょう?」


「の、のり子ォォオオオ!」


体重重いくせに口超軽いんですけど、体重重いくせに!これだから嫌なんだよ、おばさんたちが若者のあれこれに首突っ込んでくるの!絶対のり子さん盛ったよね、ただの飯なのに!デートじゃねぇよ!


「デートはいつなんだね、ん?」


「‥デートじゃないって言ってんじゃん!その口調ムカつくし!」


言ってごらんよフェイスで私を見てくるお母さん。沖田の話は避けてたのにこれじゃあ意味がない、私の味方はいないのか。


「いつなのよぅ、母親に隠す気?」


「こういうときだけ母親面するよね」


「何言ってるの、正真正銘母親でしょ」


「‥‥‥」


ふと窓の外を見ると雨は相変わらず降っていた。時間を確認すると12時48分だった。


「‥マナ?」


待ち合わせまであと10分くらいか。行かないけど、あいつは本当に来てるのかなって少し気になった。


「マナ?」


「え、あ、ごめん」


ぼーっとしてしまっていたらしい、お母さんに腕を叩かれて我に返った。どうしたの?と首をかしげるお母さんに何でもないよと笑った。うん、何でもない。


ザァアアァア‥


それから雨はさらに強くなり雨音は、静かな病室に響いていた。昨日までカラカラに晴れていた空は灰色の雲に覆われて、遠くで雷の音も聞こえる。


「ひどい雨だね、傘持ってきたの?」


「‥うん」


お母さんのお見舞いに来たはずなのに私は上の空で。その理由は沖田、考えたくもない沖田。考えたくないはずなのに、頭はそれを支配していた。


「マナ、何かあったでしょう?」


そんな私にお母さんは問い詰めるような表情で見つめてきた。本当は言いたくない、言いたくないけど‥言うことしか解決策はないような気がした、沖田が私の頭からいなくなってくれることに。


「‥お母さんって、待ち合わせすっぽかしたことある?」


わざと遠回しに聞いたのに、でもお母さんにはお見通しだったようだ。微笑みながら、行きなさいと言った。


「総悟くんとデート、今日なんでしょ?」


「‥でも、行きたくないっていうか‥その」


自分でも分からなかった。行きたくないはずなのに、何でこんなに気になるんだろう。何で沖田がこの雨の中を待っていたらどうしようなんて考えてしまうんだろう。あんなやつ雨に打たれてずぶ濡れになってしまえばいいのに。


「行きたくないなら、その場でキッパリ言わなきゃ。あんたが嫌だって言ってなかったんだったら、総悟くん待ってるんじゃないの?」


「‥‥‥」


待ってる?沖田がこの雨の中、私を?想像できない、でもその可能性がないわけではなかった。


「お母さん、私わかんないんだ」


「行くのよ。総悟くんのところに」


お母さんのその言葉は私に有無を言わせないほど力強いものだった。


「でも、」


何で沖田は私を誘ったんだろうとか、会って何を言えばいいのとか、何で会いに行くんだろうかとか、沖田はこんな雨の中本当に私を待っているのかとか、疑問は溢れてくる。もしかしたら対処しきれないその疑問たちが、私の足を止めているのかもしれない。行きたくないって自分に上手く言いきかせて、知らない表情を見せた沖田から逃げているのかもしれない。


「お母さん、私‥沖田のこと嫌いなんだよ」


「ふふ。総悟くんも同じこと言うだろうね」


お母さんは楽しそうに笑っていた。それはまるで私の頭を支配するたくさんの疑問の答えを知っているような余裕な笑みだった。


「大嫌い、沖田なんか」


口にする度、悔しい。考える度、ムカつく。私をこんな困らせやがって‥どこまで嫌なやつなんだよ、どこまで私を苛つかせる気だよ。


そんなに嫌われようとしなくたって、嫌いだよあんたなんか。大嫌い、大嫌い。


そして、そう思う自分も同じくらい‥嫌いだ。


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