男も女もギャップには弱い
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私たちと沖田の距離は5メートルくらいあった。


走り出せば手の届く距離に沖田がいる。この状況で、沖田はいつもと変わらない‥いたずらっ子のような笑みで立っている。


どうしてだろう、金成木さんに捕まったままの私の震えはいつの間にか止まっていた。それはまるで沖田が私の恐怖を溶かすようで。私‥沖田が来てくれて安心してるのか。あの沖田に‥私が?そんなバナナ。


「沖田さん、あなたにマナさんは渡しませんよ」


「俺がいつそんな泣き虫、欲しがったんでィ」


私を両手で羽交い締めにしたまま、金成木さんはニヤニヤ笑っているらしい。そんな彼に笑い返すように沖田の口がさっきよりも広く弧を描いている。
‥いや、何二人で仲良く笑い合ってんだ。早く助けろ沖田!さっき怖くないとか言ったけど、やっぱりまだちょっと怖いんだよ!


「じゃあ沖田さんはどうしてマナさんを助けに来たんですか。警察だから、ですか?」


私とは逆に余裕な態度の金成木さん。私の全身をつかむ力が強くて痛い。金成木お前マジ‥捕まったとき覚えとけよ!


「勘違いすんな。俺ァ遊びに来ただけでィ」


ニヤリと笑って腰の刀に手をかける沖田。その姿が妙に様になっていて‥チキンスキンスタンダァップ。(訳:鳥肌が立ちました)


「フフッ‥遊び、ですか。私もずいぶん舐められたものですね」


「安心しろィ、お前みてぇなチンカス舐めたくもねぇや」


チンカス発言をした沖田に心の中で激しく同意していると、カチャリ、沖田の親指が鞘から刀を押し出した。ひょえーサムライだラストサムライ。


‥って、ちょっと待て。まさかそれで斬るの?私まだここにいるのに?羽交い締めにされてるのに?いやいやいや、そんなヒーローみたいなこと‥憧れるのは分かるけどできないって。沖田、いったんそれはしまって、次の作戦にし「藤堂、」


左足を一歩下げて体勢をとる沖田。画的にはいつ刀を抜いてもおかしくない。でもそれは困る、沖田ならついでに私も斬りそうじゃない?しかもわざと。


「おっ‥おお沖田、ちょっと待っ「目閉じろ。」


私の声に被さった一言。低くて短いその言葉には有無を言わせぬ圧力を感じた。さっきまで笑ってたのに、いつの間にか笑顔は消えて赤いその目は私を捉えていた。その目もまた、私を圧倒するほど力強く逸らせなかった。


「藤堂、目ェ閉じろ」


もう一度、沖田が同じ言葉を繰り返す。その冷たくも感じる言葉に私は従った、もう信じるしかない。信じれないけど、誰より信じれない男だけど、今はそれしかなかった。でも私のこと斬ったら呪い殺すからな!


唾をゴクリと飲み込んで意を決した私は思いっきり目を瞑った。ぎゅっと強く、光も感じないくらい、他の感覚をも閉ざしてしまうくらいに。それしか恐怖を紛らわす方法はなかった。


タッ、沖田が地面を蹴る音がした。こっちに近づいてくる、強ばる体を必死に落ち着かせた。


‥‥‥‥‥

‥‥‥




「‥‥‥」


刀を抜く音や人を斬る音、金成木さんのうめき声、覚悟していたのにそれらはいつまで経っても聞こえなかった。その代わりに力が抜けたように私から離れていく重さを感じた。金成木さんが私から手を離したのだ。


え、嘘‥沖田本当に斬った!?何も音しなかったよ?なんて思っているとさらに体は自由になって、後ろの方でドスンと大きな音がした。


目を開けて後ろを見ると金成木さんが大の字になって倒れていた、がどこも斬られてはいない。体から出血しているわけでもな‥ってアレ?


「(‥金成木さんのおでこに何か刺さってる)」


倒れて意識を失っている金成木さんのおでこには何やら黒い物体が刺さっていた。よく見ればそれは手裏剣だった。え、手裏剣?何で?しかも刺さったところからツーと血が垂れている。え、沖田‥何したの?私は沖田の方を向いた。


「ビンゴ大会の6等賞、忍者セットでィ」


沖田は私が何を聞きたいか分かったらしい、懐から子供用のおもちゃを取り出した。え、忍者セット‥?ビンゴ大会‥?


「思いっきり投げたら刺さっちまった」


刺したことに反省しているようには見えない沖田。私は何て言えば良いのか分からなかった。


‥って、えぇぇぇええぇ!?嘘でしょ?刀抜く気満々だったじゃん!左足下げてスタンバってたじゃん!目閉じろって言ったじゃんんん!


「おもちゃなのに、危ねぇなァ」


「いや危ないのお前ぇえ!」


時代劇みたいに、必殺仕事人みたいに大胆にいくのかと思ったのに、それがこんなオチ!?ギリギリまであんな演出して結果、おもちゃ(手裏剣)で退治?


「俺ァ遊びに来たって言ったろィ。遊びに怪我はつきもんでさァ」


「あんた怪我してないじゃん!」


‥ちょ、何このダサい終わり方。さっきまで恐怖でビクビクしていた私はもうどこにもいなかった。ずっと沖田の後ろに立っていた三人は目を輝かせて沖田を見ているけど、まさかかっこよかったとか思ってる?


「さて、遊びは終わりでィ‥後処理は山崎ら辺に頼むか」


顔がひきつる私をよそに携帯を取りだし連絡をする沖田。唖然とする私に怪我はないかと心配して駆け寄ってきた三人。私は大丈夫だと頷こうとした。


「‥‥‥っ」


でも三人の顔を見たらなぜか涙が溢れてきた。もう怖くないはずなのに、私の両手に三人のあたたかい手の温もりを感じたら、私を見上げる不安そうな表情を見てしまったら、蓋を切ったように涙は止まらなかった。


「うぅっ、ごめん‥ねっ‥だ、いじょうぶだから‥ごめ、んっ‥」


私がそう言っても三人からは心配した表情が消えることはなかった。そりゃそうか、大丈夫とか言っておきながら号泣してるんだもんな、恥ずかしいな‥こんな年になって三人の前で泣くなんて。もう大丈夫。大丈夫だよ私、だから泣き止め。そう言い聞かせても涙は止まらなかった。でもこれは怖いとか悲しい涙じゃないんだ。良かった、って安心して嬉しい涙なんだよ。


「おめーらは先に祭りに戻ってろ、な?」


私の泣き声だけが響く中、電話を切った沖田がこちらに近づいてくる音がした。嫌だ‥恥ずかしい、悔しい。沖田に泣き顔を見られたくない。


「‥っう、‥っ」


三人が去っていっても、私は顔を上げられなくて。私の目に映る地面には涙でできた染みがいくつもあった。そしてそれを踏むように視界に入ってきた沖田の足、それは沖田が私の目の前にいるということ。


「藤堂、」


沖田の少し掠れた声は思ったよりも近くて、思わず肩が震えた。沖田がどんな顔で私を見ているのか気になった。私が泣いてると面白そうに笑っているだろうか、それともあの三人みたいに少しは心配してくれているだろうか。


そしてようやく涙が止まり始めたそのとき、頭に温かい何かが乗った。そしてそれは私の頭を撫でるように動く。


「‥っ、」


それが沖田の手だと分かったとき、沖田が私の頭を撫でているんだと分かったとき、止まりかけたはずの涙がまた溢れてきた。沖田何やってんの。そんなキャラじゃないことやめてよ‥あんたがそんな優しい手してるなんて私‥知らない。


止みかけたはずの熱い涙が頬を伝っていく。でもこの涙はさっきと同じ‥恐怖心ではなくて、むしろその逆だった。


「(何で‥何で、)」


悔しい、沖田に安心してしまっている自分が悔しくてたまらない。自分いっぺん死ねよコノヤロー。


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