男も女も褒め言葉に弱い
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沖田に連れられて数分、急に歩く速度を落として沖田が立ち止まったのは会場から離れた小さな公園だった。


パァアン‥!


すでに花火が上がり始めていて、暗い公園が一瞬明るくなる。夜風もなく、人もいない静かな時間。沖田はこちらを向かなかった。


「‥沖田、」


沖田が何でこんなことしたのか分からなかった。きっと今ごろ金成木さん私のこと探してるよね。


「思い出したんでィ」


前を見たまま、そう言った沖田はポケットから何かを出して私に差し出した。


ちゃりん、私の手のひらに乗った百円玉4枚。それがこの間盗って行ったお弁当代だとすぐには分からなくて、


「あんた‥これだけのためにわざわざ連れ出したわけ?」


分かっても、理解できなかった。だってこっちはデートしてたのに。空気読めないにもほどがあるでしょうが!返すタイミング今じゃないといけなかったのこれ!?しかもここまで来た意味。


「豚のくせに交際なんか生意気なんでィ」


「豚じゃない!しかもただのデートだから」


花火の明かりで沖田の気にくわない表情が見える。私はそんな沖田が気にくわない。


「ただの、って言ってるわりには気合い入ってんじゃねぇかィ」


「べ、別に普通じゃん!浴衣だから違って見えるんでしょ?」


私をギロリと見る沖田は怒っているみたいで。いやあんたが怒る理由ないから。私の夏祭りデートぶっ壊しやがって。何がしたいんだよ、


「お前にデートなんか1万年と2000年早ェよ、その浴衣だって似合ってねぇし」


「‥‥うっさい」


何で、女の子にそんなこと平気で言えるの?今さら女の子扱いしろなんて言うつもりじゃないけど、


「‥傷ついてんのか」


沖田の言葉はいつも言ってることと変わらないはずなのに、今日はその言葉すべてが胸にグサリと刺さってしまうのは‥女の子としてデートを楽しみたかったから。それを全て、根っから否定されたから‥沖田に。


「‥最低!」


いきなり出した大声に沖田は驚く様子もなく、少し睨むようにこちらを見た。その目にすらムカつく。何であんたが怒るの?


「何であんたにそんなこと言われなくちゃいけないの!」


普通に嬉しかっただけだもん。金成木さんのことが好きとか嫌いの前に、初めて男の人に可愛いって、素敵だって言ってもらって。嬉しいじゃない、女の子ならそんなの喜ぶに決まってるじゃん。おめかししちゃ悪いの、好意を見せてくれた男の人とデートしちゃいけないの?


「俺ァな、変な期待する前にお前の「うっさい!何よ、期待なんかしてないよ!私は普通にお祭り楽しみたかっただけなのに!言い合いなら今じゃなくて良かったじゃん!金成木さんにも迷惑かけ‥っいたい!」


キレた、自分ついにキレたと言いながら思った。でも止めることはできなくて、もう全部言ってやろうと思ったのに、沖田が私の腕を急につかんだ。


「は、離してよ」


「そんなに野郎が好きか、」


沖田の目は怖かった。でもどこか臆病にも見えて、私の胸は大きくざわつく。何であんたがそんな目するの、傷ついてるのは私の方なのに。


「‥‥‥」


つかまれた腕が熱い、痛い。ムカつく。


「‥可愛いって言われることがどんだけ嬉しいか、デートに誘われることがどんなに嬉しいか!暴言ばっか言ってる、あんたにわかる‥っ?」


「‥知るかってんでィ」


「じゃあもう‥関わらないでよ!何で私に構うわけ‥っ」


悔しくて、悲しくて、私だけ感情的になってることも悔しくて、熱い涙で視界がぼやける。せっかくの化粧も台無しだ。何で泣くの私、こんなやつの前で泣いたって仕方ないのに。


「藤堂だから」


ヒューッ‥パァアァン!


沖田の声は花火に消えそうなくらい小さくて、でも真っ直ぐで。沖田は眉を寄せて私をじっと見ていた。流れる涙が地面にポタポタ落ちていく。


「い、み分かんない‥し」


「‥俺もでィ」


私の涙混じりの声にフッと笑う沖田はとても悲しそうだった。自嘲じみた笑み、自分に呆れるような表情。


「‥お前といると調子狂う」


「知るか、こちとらもっと大事なモン狂わされてるっつーの」


涙を袖で拭う。沖田の困ったような怒っているような顔が涙を拭ったことでハッキリ映る。でもそんな表情したって知らない。沖田の気持ちなんて、知ってたまるか。今の私にはいつものように沖田を受け流す余裕はなくて。


「‥もう、行くから」


遠くで花火の上がる音がする。本当は金成木さんと見てるはずだったのに、ずっと握りしめて小さくなった綿菓子みたいに私の気分はシュンと縮んでいた。


沖田と目が合って、でもすぐそらして背を向けた。来た道を戻るために歩き出す、クソッタレ。クソッタレ。心の中は怒りの感情しかなかった。


別に金成木さんのことが異性として好きなわけじゃない。だったら何でこんなに怒ってるんだろう、花火が見られなかったから?ううん、違う。金成木さんと一緒にいたのに無理矢理連れ出されたから?それも違う。


「(‥沖田だから、)」


そう。あいつが台無しにしたことが許せないんだ。


「藤堂さん!」


そのあとすぐに、金成木さんと再会できた。ニコニコ笑って気にしてないですよ、と言ってくれるその優しさ。沖田には絶対ない、心地よい雰囲気。さっき手を繋いだときに感じたドキドキはなかったけど、安堵感は大きくて。


沖田があの後どうしたとか、沖田の気持ちとか、そんなのは私の頭から消えていた。


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