曲がり角にはご注意を
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「おかーさーん来たよー」


大江戸病院に入院しているお母さんのお見舞いは基本、店が休みの土日。今日はのり子おばさんも来るはずだったけど急用が入ったらしいので、私は1人でお見舞いにやって来た。


豪快に病室の扉を開けてお母さんのベッドへ行くとお母さんはすーすーと気持ち良さそうに寝ていた。


「せっかく来たのにぃ、」


そう言いながらも起こしては悪いと思い、ベッドの側に置いてあるパイプ椅子に腰かけた。


「‥‥‥」


あんなに大きな声出したのに起きないなんて。今日はいい天気だから病院を出て散歩でもしようと思っていたけど、これじゃあ室内で過ごすことになりそうだ。


「とりあえず暇だな」


病室は6人用だが、今はお母さんしか入院していないので個室のようなものだ=話し相手がいない。散歩に連れていくつもりだったから荷物も軽めにしてきた=暇潰しになる本や音楽プレーヤーはない。



「お花でもかえよっかな」


仕方ないので来れなくなったのり子さんから預かった花を生けることにしよう。私は先週持ってきた花が生けてある花瓶と新しい花を持って病室を出た。


「‥ふわあぁ」


最近、どうぶつの林で夜更かしすることが多いから寝不足気味の私。いつも早く寝なきゃなーとは思うんだけどね。でも夜の釣り楽しいんだもん、江戸じゃ見れない星もきれいでさー‥そう考えながら長い廊下の曲がり角を曲がったときだった、


どんっ


ボーッとしていたせいか曲がった先の何かにぶつかってしまった。そしてその拍子に、持っていた花瓶の中の水がこぼれて服が濡れてしまった。さらにあろうことか、


ぱりーんっ


「あぁぁ!」


その花瓶は床に落ちてしまったのだ。ぶつかるわ、水はかかるわ、花瓶は割れるわで、さっきまでの眠気もどこかへ飛んでいってしまった。


「ってぇ‥」


ふと頭上から男の声がした。


「あ、」


驚いたまま見上げれば、そこには同じ歳くらいの可愛らしい男の子が鼻をおさえているではないか。私、この人にぶつかっちゃったんだ。


「あの、大丈夫ですか?」


そーっと下から覗くと、とてつもない無表情の彼と目が合った。こ、こえぇぇえー‥


「大丈夫なわけねーだろィ、あーあ鼻がいてぇ。骨折かもなこれ骨折だわこれ」


痛くも痒くもなさそうな顔で男の子は私を見下す。ぶつかっただけで何で骨折なんだよ、可愛らしい顔して酔っぱらいのオッサンみたいな絡み方してくるよこの子。


「とりあえず土下座しろ」


「っは!?」


今度は何言うんだこいつぅう!一応私も被害者なんだけど。服濡れたんだけど。花瓶も割れたんだけどォオオ!?


「悪いのは私だけじゃないでしょうが!私だってほら!服濡れたし花瓶も割れたんですよ?」


最初は謝ろうと思ったけど相手がこの態度なら、こっちだってやってやろうじゃな「で?」


おそらく私の顔面が当たったであろう胸のあたりを男の子はぱんぱんと払いながら一言。ていうか"で?"だから一文字か。そして私はそんなに汚くないぞ。


「それじゃあ俺の細菌まみれのこの服はどうすんでィ」


「さ、」


細菌まみれだと‥!?ちょ、本当にさっきから何なのこいつぅう!


「ま、幸いここは病院だから消毒できるか‥さっさとそれ片付けろよメス豚」


「めっ、めすぶた!?」


一体どう生きてきたらそんなに暴言がすらすらと出てくるんだろうか、親の顔が見てみたいもんだ。


「あ、ちょっ‥待ちなさいよ!」


そしてヤツは表情ひとつ変えないまま、歩いて消えていった。


私の呼び掛けにはもちろん応えないまま。


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