油断は禁物
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「あら、マナちゃん久しぶりねぇ」


「もう退院したの?」


「新聞に載ってたの見ておじさん驚いたよ、マナちゃんヒーローだな!」


事件から1ヶ月、リハビリ&入院生活を終えて私は久しぶりにお店に顔を出した。


来てくれる人みんなが声をかけてくれて、しかも心配していたとか頑張ったねとかマナちゃんがいないの寂しかったよとか嬉しいことばかりで、


「‥みんな、ありがとう」


あいうえお弁当というこの場所で私を待っててくれている人がいることに初めて気づかされた。


「おい、再会に浸ってんじゃねーでとっとと会計しろィ」


「‥チッ、はいはい」


そんな中、ヤツ‥沖田総悟は自分からここでの手伝いの延長を申し出た。


アレ、こいつ優しいのか?と見せ掛けて実際はとんでもないことをする男なので(顔にイタズラやコロッケ事件)ヤツのことは信じないし今回も気が抜けない。


だから、沖田くんってば私を心配してお店を手伝ってくれるのね、素敵!なんて考えも絶対にしない。彼が優しさを持って私に接することはないだろうし、仮に優しいやつになっても気持ち悪いだけだ。


ただ、どうしてお店の手伝いを自らするのかが気になる。私のことを散々苛めるんだ、気に入らないなら関わらなければいいのに。


「ありがとうございましたー」


沖田総悟を怪しいと思いつつも、久しぶりの店番は楽しかった。最近は口コミや私のことをニュースや新聞で見た人がたくさん来るので、私が一人で店番をしていたときよりもずっと忙しい。


そんな忙しさをヤツはしばらく一人で乗り越えていたんだと思うと素直に凄いと驚いた。さらに驚くことは沖田総悟は前より接客が上手くなっていること。今日なんてヤツがおすすめした日替わり弁当が完売するほどだった。しかも買うのは以前のように主婦だけでなく、オッサンや老人までに客層は増えていて。


「(警察より向いてるんじゃないの?)」


もうすぐ沖田総悟がここで働き始めて2ヶ月、ヤツの接客は確実に様になっている。


ただそれは、私の中でピンチでもあった。いくら手伝いとは言え、やっていること内容は私と変わらないのに‥何?この差。


まぁ今の私は基本レジから動かずに、沖田総悟が聞いた注文の会計を出すだけなんだけど。


でも、何か悔しいじゃない。私の方が一応先輩だし、留学先の星でだって接客のバイトをしていたから警察官のヤツより経験はあるはずだし、何が一番悔しいかって‥


「やっすい弁当売るのに上手い下手なんかねェだろ」


相手が沖田総悟だということである。


「やっすい言うな、美味しさを低価格で提供してるんですぅ」


せっかく気づいた(築いた)私の居場所がこの鼻くそヤローに侵略されつつある、かもしれない。
自分からここでの手伝いを延長した辺り、お店を乗っとる気である可能性もなくはない!かきくけこロッケという名の毒物を平気で食べさせる男だし。





「何でィ、さっきからジロジロと」


「別に、見てないよ自意識過剰なんじゃない?」


沖田総悟の侵略計画(仮)があるかもしれないと考えた私はそれからヤツを監視することにした。


休憩時間、ヤツの行動を気にしながら一緒に賄いを食べる。おかずはヤツが食べて安全だと分かったら私も食べる。とくにコロッケは半分に割って中身が異常じゃないことを確認。(かなり重要)


そんないちいち大袈裟‥だと思うかもしれないけど私はヤツのせいで指は折られ、コロッケのせいでお腹を壊しているんだ。しかもたった2ヶ月で。三度目は勘弁してほしい、もう痛いのは嫌だ。


「‥‥‥」


私が怪しんでいることが分かったのか、今度は沖田総悟が私をジーッと見てきた。口はモグモグ動かしているが目だけは私を捕らえたまま動かさない、そんな沖田総悟を私は負けじと睨むように見つめる。何ともシュールな光景が休憩室に出来上がった。


「‥何よ、あんたもジロジロ見てるじゃん」


「別に、鼻くそ付いてるなと思ったら目だっただけでィ」


「どういうことじゃァア!」


思わずその場で立ち上がった。目が鼻くそに見えた?そんなわけねーだろ!鼻くそに見えるお前の目が鼻くそだっつーの!キレる私をよそにヤツはズズズーっとわざと音をたてお茶を飲んでいる。


「(‥キィイイイ!ムカつく!)」


こめかみがピクピク動くのを感じながら、こんなことでいちいちキレてたらキリがないので一旦座ろうと腰を屈めた。こうなったらこっちから毒入りコロッケ食わせてやろうか‥って


「う、んがァアア!」


私が着地したのは椅子ではなく床だった。俗に言う尻餅である。椅子があると思い込んで座ってしまったようだ、怒っていて勢いよく腰を屈めたので床の固さがお尻に直に来た。


「いててて‥」


「どうしたんだい、マナ!」


私の悲鳴を聞いてキッチンから駆けつけたのり子さんは驚いて私を見ている。恥ずかしい、この年になって椅子にも座れないなんて!


こんな羞恥、見られたくなかったと思いながら顔を上げると沖田総悟が机に肘を付きこちらを見下していた。そしてニヤリと怪しく微笑みながら、


「あーららァ。駄目じゃねーか、ちゃーんと後ろ確認して座らねェと」


とそれはそれは楽しそうに言った。


「(こいつ‥椅子わざと引いたなァア!)」


私の隣に座ってるんだ、隙を見て引いたに違いない!絶対そうだ、この悪魔スマイルが証拠だ!


「全くおっちょこちょいねぇ、怪我直ったばっかりなんだから気を付けなさい」


「のり子さん、それこいつに言って!とくに最後の部分!」


立ち上がりながらお尻をパンパン払った。油断できないって誓った矢先にこれ‥いやでも椅子にまで手出すなんて思わないじゃないか。
もう我慢できない、居場所どころか座る場所もないんだもの!


「あんた覚えてなさいよ」


「望むところでィ」


こうして私は、沖田総悟に復讐を誓ったのである。


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