お礼なんて言わない
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入院生活はとにかく暇だ。意識が戻って一週間、時間を潰せる読者や映画鑑賞にも飽きてしまったし、お母さんの病室に行ってもAIBOばっかりで構ってくれない。


お見舞いもなぜか、私が意識を戻す前がピークだったらしい。あの事件はニュースにもなったらしく、心配した寺子屋時代の同級生や弁当屋の常連さんたちも来た、らしい。
いやおかしい、本人目覚ましたよ。いつ来るの?


「今でしょ!」


私のモノマネが病室に虚しく消えていく。病人ってこんな扱いだっけ?もっとみんな心配してよ。
‥相変わらず静かな病室。もう誰でもいい。今でしょ!の先生でもいいからお見舞い来よう?


ガラガラ、


ひとりであれこれ考えるのも悲しくなってきた頃、病室の扉が開いた。


「の、のり子さん!?」


病室に入ってきたのは、のり子さんだった。ハローなんて言いながらこちらへ来たのり子さん。とても久しぶりに会った、だって最後に会ったのは事件のとき。私が人質として捕まっていたときだもの。


「元気そうで良かったよ、」


ニッコリ笑うのり子さんに私は大きく頷いた。やっぱりのり子さん大好き!


「これ持ってきたんだけど食べるかい?病院食ばっかで恋しいだろう?」


のり子さんが私に差し出したのはお店のコロッケ。熱々のそれを受けとると美味しそうな匂いがやってきた。


「わーい!めちゃくちゃ食べたかった!しかもいっぱいある!のり子さん分かってるぅ」


ベッドの横のパイプ椅子に座るのり子さんを横目に、久々のコロッケにかぶりつく。あ、これコーンコロッケだ、コーン甘くて美味しい。
心なしかいつもより数倍美味しい気がする。


「あんたそんなポロポロこぼすんじゃないよ」


私の食べ方を注意するのり子さんにニッコリ笑う。


「誉めてないわよ、」


そう言いながらも美味しそうに食べる私を見て笑うのり子さん。そう、こういうお見舞いを待ってたんだよ私は!


「そういえばお店はいいの?」


お母さんと私がいない今、お店はどうしているのか。私は知らなかった。


「沖田くんに店番してもらってるよ」


「‥ヴォゲホッ!」


驚きすぎてコーンが3粒ほど口からフライアウェイ。のり子さん本当?それはかなりヤバめだよ。彼をあのお店にひとりにするということは、ギャ○曽根を食べ放題に連れていくようなものだよ。病院から帰ったらお店には何も残ってないよ、


「きったない子だねぇ、そんなに沖田くんのことが好きかい?」


「何でそうなるの!私はあんなヤツを好きになるくらいならハタ皇子と結婚するね!」


「じゃあプリンセスになるの?そんな行儀の悪い子じゃ無理よ」


いや‥例えだから、のり子さん。そんな真剣に考えなくていいから。


「あのねのり子さん、アイツに店番頼んだらロクなことないよ。知ってる?コロッケ盗み食いしてんだよ、」


「あの子がお見舞い行けって言ったのよ」


「ますます怪しいじゃねーかァア!それ絶対もう食ってるよ、今ごろむしゃむしゃしてるよ」


「コロッケはモグモグじゃない?」


「どっちでもいいィイイイ!」


そこは拾わなくていいから。ちょ‥今日ののり子さん超絶絡みにくいんですけど!


「マナ何か勘違いしてない?あんたが入院してるからってあの子、自分からお手伝いの期間延長するって言ったんだよ」


持っていた食べかけのコロッケを落としそうになった。あいつが自分から‥え?


「あんたが意識ない間も毎日働いてくれて、最近は調理も手伝ってくれて正直マナより使えるわよ」


「ちょ、やめて!それはひどい!」


のり子さんの言葉にダメージを受けた私だけど、沖田総悟のことの方がダメージだ、違う意味で。何でそんな真面目なの?自分からお店を手伝うって?それは本当に沖田総悟なの?


「そのコロッケもあの子の剥いたジャガイモでできてるんだよ」


「‥‥‥」


果たしてジャガイモ剥くのは調理に入るのかと疑問に思いながらコロッケを見る。のり子さんが揚げるいつものコロッケと変わらない、当たり前だアイツは皮しか剥いてないもん。
でも今日のコロッケはとても美味しかった。いつもより、美味しかった。


「早く帰ってきなさいよ、沖田くんと待ってるから」


「‥うん」


またも静かになった病室。私の食べかけのコロッケに温かさはもうなくて、残りのぶんを口に押し込む。うん、美味しい。


悔しいとか憎たらしいとか、いつもアイツを思う感情はなかった。ただ美味しくて、嬉しかった。もしかしたらアイツにもこういう良いところがあるのかもしれないって、何だかんだ心配してくれてるかもしれないって。


のり子さんが持ってきたタッパーにはまだたくさん入っていて、私は2つめに手を伸ばす。


サクッ、


まだ温かかったそれはコーンコロッケでもクリームコロッケでも普通のコロッケでもなかった。


「‥ンガァアア!何じゃこれ!」


「あら、もう当たりを引いたの?」


驚く私にのり子さんは楽しそうな表情を浮かべている。あ、当たりだと?


「それ"沖田くん特製かきくけこロッケ"
か(かぎりなく)
き(気分が悪くなり)
く(苦しむだけじゃなく)
け(痙攣も引き起こせと)
こ(心を込めたコロッケ)で、
かきくけこロッケ。どう?」


「あ‥あいつ、死ねェエエエ!」


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