忘れ物はありませんか(終)
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大江戸駅から京へ行く列車が発車するまではまだ時間が少しあった。でも別れを惜しむ時間にしては短いもので、何を話せばいいかと迷っている時間さえもったいなかった。


「荷物、持つ」


「あ、うん」


沖田は珍しくおとなしかった。せっかくここで会えたのにまともに会話ができていない気がする。今だってぶっきらぼうに私の荷物を持つと手を差し出してきたけど、顔はブスーッとしていて。おい‥ちょっとは別れを惜しめ、もっと寂しそうな顔しろ。何でいつもよりムカつく表情してるんだよ。


「そっちも、」


「‥へ?」


荷物を渡して軽くなった左手を見る沖田。意味が分からずポカーンとしていると、小さくため息をはいた沖田がそっと近づいてきて荷物を持っていない右手を伸ばしてきた。


「‥っ、え」


そして沖田の手が私の左手にそっと触れて、そのまま優しくきゅっと握った。沖田の温度が私の手からふわり伝わって、心臓は手と違って強く掴まれたような感覚に襲われた。


「沖田、これ‥手、」


いま自分に起きている状況に混乱しながらもかろうじて出た声は震えていて小さくて、このまま消えてしまいそうなくらい自分が小さくちっぽけに感じた。沖田と手を繋いでいることがこんなにも苦しい、嬉しい、切ない。


「‥首輪忘れた」


沖田は私をチラリとも見ずに一言だけ言うと、ゆっくり歩き始めた。繋がれた、というか掴まれた手にだけ身体中の温度が集まってふわふわ夢気分なままただ足を動かすしかない私。首輪って、そんなの普段私につけてなかったじゃない。


手がジンジンと熱をあげていくのは、私の体温か沖田の体温か。耳を支配する鼓動も沖田へ聞こえてしまいそうで、息を吸うのが限界だ。


繋がれた部分が甘く疼く、ズキンズキンと甘い熱を発して心臓に送り込まれる。隣を歩く沖田の顔と私はきっと同じ表情をしているだろう。こんな恋人らしいこと、私たちがしていいのか。ゴミとかコロッケとか飛んでこない?なんて他事を考えてどうにかドキドキを紛らわそうとするけど、やっぱり手を繋いでいる現実を一瞬でも忘れられる考え事なんかない。


「あれか、」


手を繋いだまま歩いて見えてきた改札の前、それは私と沖田が一緒にいられる最後の場所。急に寂しさが押し寄せてきて、沖田が独り言のように呟くのをすぐ隣で聞きながら、そっと繋がれる手に力を込めた。離れたくない、と言葉では言えないからこれで解って、伝えさせて。


「(私、沖田ともっと‥いたいよ)」


この鼓動と一緒に届け、と込めた思いにまた体の熱が上がる。自分がこんなにもウブで、沖田のことが好きだと気づかなかった。


沖田の手がこんなにも優しくてあったかいことも知らなかったよ。出会った頃の私たちが見たら考えられないことをしてるけど、でもきっとこれが私たちなんだよ。きっとずっとどこかで望んでいたから。沖田もそうだったらいいな、


「ねぇ、沖田」


構内アナウンスが流れる。私が乗る列車がもうすぐ来るみたいだ。手を離すのも別れるのも名残惜しいけれど、列車に間に合わなければ元も子もない。


言うなら、伝えるなら、今しかないのに。


「‥‥‥」


お互い言わないつもりか。最後の最後まで、素直にならないまま、片意地張ったまま、サヨナラをするつもりか。最後までこの調子なら私たちはきっと、ずっとこのままだろう。お互い素直になればもう済む話なのに、何を怖がってるんだろう。


きっと私はどこかで沖田が素直になってくれるのを待っている。それで、初めて私も素直になれるって甘えてる。そんな他人に任せてるようじゃ何も変わらないのに。


「‥お前にいろいろ言おうと思ってたけど、出てこねぇや」


うつ向いたままでいると沖田がふと呟いた。私が沖田を見ると、沖田は悔しそうに上を向いてあーと唸っている。目を閉じている沖田は何を考えてるのか分からない、


「間もなく三番線に京行きの列車が‥」


私たちを急かすように聞こえたアナウンス、列車が近づく音。あぁ、結局私は沖田に自分を見せられなかった、気持ちを伝えられなかった。後悔と自分に対する惨めさが押し寄せてきたとき、


「マナ、」


ふと呼ばれた名前。胸にすとんと落ちるように聞こえてきた柔らかい声に心が弾んだ。


「‥‥‥え、いま‥名前」


少ししてから呼ばれたのが名前だったと気づいてハッとした私が沖田を見れば、


「‥何でィ、文句あるか」


「え、あ‥え」


沖田が見たこともないくらい顔を赤らめてこちらを見ていた。あまりにも珍しいその表情に思わず目を見開く私。そんな私の背中を少し強く押した沖田。


「何ボーッとしてんでィ、遅れるぞ」


「え、ちょ‥わっ!」


私が何かを言う前に沖田が荷物を押し付けてきて、私は無理矢理改札を通された。パッと後ろを振り向けば改札を挟んだ先に沖田が真顔で立っていて、さっきまで繋いでいた手が痺れた。


「‥一回しか言わねェからよく聞けよ」


「え、」


沖田が真っ直ぐした目でこちらを見ている。その視線が恥ずかしいくらい愛しくて、もうどうにかなってしまいそうなくらい眩しくて。


「俺ァ‥お前みてぇな女にこれから先出会える気がしねェ」


「っ、」


少し眉が下がった頼りない笑みに心が震えた。沖田がいま私に言っている言葉は、気持ちは、


「‥だから、本当は行くな、って思う」


「‥っ」


沖田の声と私の心臓の音だけが存在しているような、他の音もすべて消してしまうほどの大きな何かが私たちを包んでいた。


「あんだけ嫌いとか言っておいて、自分でも可笑しい話なのは分かってる。でもお前がいなくなるってなったら焦りしか出てこなかった‥お前俺のことドSとか性格悪いとか言ってたけど、お前の方がやってることは鬼畜でィ」


「‥っ、ひっ、く」


沖田の言葉がするすると私の中に入ってきて感じたことのない優しさと温もりが私を包む。そして気づいた、沖田は私が思っていたよりずっと心の綺麗な人だったんだと。私を思ってくれていたんだと。


「‥泣くなよ、行かせたくなくならァ」


「う、っ‥う」


沖田の頼りない笑顔と弱気な声が胸を締め付ける。手を伸ばせば届く距離なのにすごく遠く感じて、行かせたくなくなるという彼の言葉に涙が止まるはずもなく。でも私も言わなくちゃ、ちゃんと自分の気持ちを。自分の中で決意が奮い立つのを感じながら溢れる涙を拭って沖田の目を真っ直ぐ見つめる。


「お、きた‥わたしも、ね‥す「間もなく扉が閉まります、ご注意ください」


プシューッ、


「好き」と言いかけたとき、少し先にあるホームで列車の扉が閉まる音がした。


「え、ちょ‥げぇあァアアァァ!」


グチャグチャの顔でホームの方を見れば、列車はすでに動き出しているではないか。えぇ!嘘!あの列車、私が乗るやつ!京行くやつぅう!


「あーあ、次の列車まで2時間あんじゃねーか」


携帯を見ながら頭をかく沖田は自分の気持ちを言えたからか妙にスッキリした表情をしている。え、嘘‥2時間!?


「続き、聞かせてもらおうじゃねーかィ」


「‥っぐ、」


ニヤリと笑った沖田に冷や汗が伝ったのは言うまでもない。


「俺のことが、す‥?」


わざとらしく耳に手をあててこちらを見る沖田。キィイイイ!絶対分かってるくせに!さっきとは違う恥ずかしさが私の顔を火照らせる。


「俺のことが、す‥?」


「‥っ、す、すす、す…きだバカヤロウコノヤロウ!」


勢い任せに叫ぶようにそう言うと一瞬ビックリした表情をした沖田だったけど、すぐに微笑むように口角を上げた。ま、満足かこのドS!


「とりあえずこっち来いよ、」


「自分が無理矢理押しておいてよく言うよ‥」


沖田が楽しそうに笑う。きっと今まで見てきたどんな表情よりも憎たらしくて眩しい、そしてきっと私も彼と同じ笑顔で笑ってる。


「とりあえずその散らかったひでぇ顔どうにかしろ、恥ずかしい」


「ち、散らかった‥ってうざ!何お前!」


素直になるのも、ドキドキするのも大事だけど。


「ん、何っておまえの飼い主」


「おま‥マジふざけんな家畜扱いやめろ鬼畜!」


やっぱりギャーギャー騒いでた方が、私たちらしいと思わない?それが豚扱いしろとかいうわけじゃないけど。


これからもずっとこういう風に沖田といられるなら、笑ってられるなら私の人生順風満帆だコノヤロー。


「おい鼻くそついてっぞ」


「フンッ、もう騙されないから!どうせ"あ、悪ィ目だった"とかそういうオチだろ‥って本当についてるゥウウ!」


fin.(あとがきに二人から一言)


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