サプライズは誕生日だけじゃない >「「「マナねぇちゃん!」」」 お母さんと久々に同じ屋根の下で眠り、やって来た旅立ちの日。支度を終えて駅まで送ってくれるお母さんとのり子さんと一緒に家を出たところで、待ってましたと言わんばかりの勢いで三人が駆け寄ってきた。ずっと家の前で待っていたのか握られた手はとても冷たい。 「どうしたの、こんな朝早くから」 昨日お母さんと夜遅くまで起きていただけでなく、今日から京へ行くことへのドキドキで寝不足の私にとって三人の笑顔はとても眩しい。それでも三人はニカッと笑いながらへへへと笑っている。あぁ、この子たちともしばらく会えないんだな。次会ったときめっちゃ背伸びて巨人!駆逐!みたいになってたらどうしよう、声が渋く声変わりしてハードボイルド系になってたらどうしよう、いや‥半年で考えすぎか。 「これ!わたしにきたんだ」 「ん?何?」 佐吉が自分の手を不自然に後ろに隠しているなと思っていたら佐吉は何かを持っていたらしい。どうやら色紙のようだった。 「え、」 小さくて冷たい手から色紙を受け取った私は言葉をなくした。突然の展開に頭がついていかない代わりに出てきたのは熱い涙。 「あー!マナねぇちゃん泣いてるぅー!ちょっとぶさいくー!ぎゃははは!」 今日は一平のムカつく言葉にも返せそうにはない。だって目の前にぼやけて映る色紙には、 『マナねぇちゃん早くかえってきてね。それでまたコロッケおまけしてね。おにぎりあたまのいっぺいより』 『マナねぇちゃんが、山で助けにきてくれたことすごくうれしかったです。どんな女の人よりも強いと思うよ。マナねぇちゃんがかえってくるまでにもっと勉強がんばるね!りゅうのすけ』 『マナねぇちゃん、いつもばかとかいってごめんね。ほんとうはばかじゃないよ、すきだよ!さきち』 ぶっさいくな字で三人の愛が書かれていたから。あぁ、もうバカ、バカ、バカ。最後に何してくれてんだ鼻垂れ野郎。 「う、っ‥」 色紙で顔を隠す私に三人は全部読んでー!と体にしがみついてくる。バカ、泣かせろ。あんたたちがそんな良い子だったなんて知らなかったんだよマナねぇちゃんは。何で、こんなキラキラした目で私を見るんだ眩しいわクソッタレ。 ずずっと鼻をすすりながら涙を拭って色紙の続きを見ると、三人の他にも違う字でたくさんメッセージがあった。商店街の人たちや常連さん、お母さんやのり子さんまで。本当にたくさんの人たちからの寄せ書きで色紙が埋まっていた。一番驚いたことは、 『マナさん、京へ行かれるのですね。僕も一緒に行きたいです(笑)手裏剣は投げないでく、金成木』 「えぇ!かっ、金成木さん!?」 何話ぶりだよとツッコみたくなる人物、金成木さんからの寄せ書きもあった。(笑)って何だよ、絶対笑ってないよね、あのきんもちわるい怪しい笑顔だよね、一緒に行きたいとか冗談でも気持ち悪いんですけどォオ!ていうか手裏剣投げたの沖田だし!しかも投げないでくださいって最後まで書けてないよバカ蔵持ち。 「あんたたち、どうやって金成木さんに会ったの?」 金成木さんは刑務所にいるはずなのに、しかも三人は金成木さんを怖がっていたのに。私のためにどこまでしてるの?しかも金成木さんのメッセージに関しては私あんまり喜んでないからね!?ただの変態が書いた恥文だからね!? 「沖田にいちゃんが行ってくれた」 「っえ、沖田が!?」 急に出てきた意外な人物に思わず色紙を落としそうになった。沖田がわざわざ金成木さんに?いや待て、まさかメッセージの"手裏剣は投げないでく、"ってこれ沖田に対しての訴えじゃね!?完全にトラウマになってるよね金成木さん。ていうかあいつはまた手裏剣投げたんか!マジ何やってんの!? 「沖田にいちゃんのよせがき、見た?」 「え、あるの?」 金成木さんの血痕とかついてないよね?感動の色紙、ダイニングメッセージとかになってないよね?と思いながら色紙を見ているとピンク色のペンで描かれた豚の絵を発見。 「‥‥‥」 おい、絶対これじゃねーか沖田からのメッセージィイィイ!豚の横にS.Oって書いてあるぞ、S.Oって沖田のイニシャルだぞ!つーか絵だけってマジあいつ何がしたいんじゃアァァア! いつのまにか涙はおさまって、ぼやけていた視界も豚の絵がハッキリ見えるまでになったのでもう一度、色紙を眺めながら書いてくれた人たちの顔を思い出す。みんな笑ってる、応援してくれてる、愛してくれてる。 どこを見てもみんなからの愛がたくさんだ。(地味に存在感を放つ豚は別) あぁ、私って幸せ者だな。 「ありがとう、」 涙がおさまり感情も穏やかになったところで気持ちはとても清々しくて、でも奥深くはじんわり暖かくて。京へ行く直前にこんなに幸せな気持ちになれるとは思わなかった。こんなに素敵な贈り物があると思わなかった。 「あんたたち最高、さすがズッコケ三人組だね!」 小さな三人の頭をがしがし撫でながら抱き締めた。うげーとかきついーと笑う三人の笑い声に包まれながら一緒に笑った。 「マナねぇちゃん、三人組じゃなくて四人組!マナねぇちゃんも入るんだよ!」 冗談混じりにそう言った佐吉の笑顔の威力、たぶん100万ボルト。 「「「じゃあねー!」」」 三人との別れを惜しみ、お母さんとのり子さんと一緒にのり子さんの車で大江戸駅へ向かった。車内で他愛もない会話をしている最中も両手には色紙。メッセージを読むたび笑顔がこぼれる。 窓の外から見える景色は晴れていて、私の心を映しているかのようにどこまでも青い空が続いていた。気分が良いと空でさえ私を応援してくれているんじゃないかと思う。 「お母さんたち、お店あるから」 「え、あ‥うん」 駅へ着き荷物を下ろすと二人はさっさと車へ戻り、窓を開けてにっこり笑いながらそう言った。ここまで来たならもうちょっと見送ってくれても良くね?とも思ったがお店があるのは仕方ないので流されるように頷き、二人が帰るのをなぜか私が見送った。見送られる側が見送るってどうなの?と思いながら荷物を片手に改札へ向かう。 ドラマとかではここでさっきの佐吉たちみたいに誰かが呼び止めてくれて感動のシーンで幕を下ろすんだろうなぁ、と思いながらもさっきしてもらったから十分かと風呂敷に入れた色紙を思い出す。 「あ‥え、」 駅へ入り、普段は使わない特急乗り場へ案内板を確認しながら歩く。意外にも人が多くて周りとぶつからないように気を付けて進んでいるとふと視界に映った蜂蜜色があった。 行き交う人たちに消されては現れる少し先にある蜂蜜色。胸がドクンと大きく動いた。いやまさか、そう思うはずなのに期待している自分。高鳴る鼓動に焦りながらもう一度、よく見てみる。 「お、きた‥」 見覚えのある蜂蜜色は、人混みから離れて壁にもたれる沖田だった。昨日会ったばかりなのにどうしてかとても久しぶりに感じて、息が詰まるように胸が締め付けられた。 痛い、痛いけど嬉しい。込み上げる何かが胸につっかえているものを押し上げてしまいそうな感覚。何か言いたい気持ちと恥ずかしい気持ちが身体中をかけめぐる。 「遅ェ」 沖田がこちらに気づいて、一瞬目を見開いたあともたれていた壁から離れて近づいてきた。私はその沖田の行動をじっと見つめたまま動かなかった。何回か行き交う人たちと肩がぶつかったけど、ていうかこんなところで立ち止まって超迷惑ですよねごめんなさい。 沖田が来てくれたことが、待っていてくれたことが嬉しすぎて。遅ェなんて、本当素直じゃない。第一、来るなんて一言も言ってなかったじゃん。まぁ私も同じくらい素直じゃないから、来てくれてありがとうなんて可愛らしいこと‥言えないんだけど。 いったい彼はいつから待っていてくれたんだろうか。もし私が気づかずに列車に乗ったらどうするつもりだったんだろう。Sが受ける仕打ちじゃねェやと愚痴をこぼすだろうか、電話を寄越して待ってたのにと女々しく弱音を吐くだろうか。 「お、おはよう」 もし会えなかったら、なんて考えるのは止めよう。今私は沖田と会えてるんだから。今が良ければいいじゃん、ね?沖田。 「何ニヤついてんでィ、」 「別にー。それよりいつからいたの?」 余裕そうに話しかける沖田にそう聞けばピクッと彼の眉が動いたのを私は見逃さなかった。へっ、私が動揺しっぱなしだと思ったら大間違いだドS野郎。 「ねー沖田いつからいたのー」 「‥うっせぇ、黙れ」 形勢逆転、みたいな?沖田はバツが悪い顔をこちらに向けることさえせず横を向いている。 可笑しい、そして同じくらい、愛しい。 「ありがとう、来てくれて」 「‥最初からそう言えバカ女」 大江戸駅、忙しく行き交う人々たちの中で私たちだけが淡い温もりに包まれている気がした。 前へ 次へ back |