読み方は"ほっともっと"
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「日替わり弁当ひとついただくわ」


今日も混雑する時間がやって来た。とくに今日はなぜだかいつもより客が多く、店内は注文する客と私の声で賑わっている。


「プラス100円で味噌汁、いかかですかィ」


ヤツ、沖田総悟がウチで手伝いを始めて2週間とちょっと。最初は客に死ねとか言うんじゃないかと心配だったが、どうやらあれは私に対してだけらしい。良かった‥いや良くない。


前も言ったがヤツは主婦に人気がある。心なしか最近の客層もおばさんたちが増えたような。


総悟くん、総悟くんと騒ぐおばさんたちが、なかなか帰らないのがたまに面倒だけど、私との会話では一切出てこない敬語もきっちり使えているし、最近では接客することに慣れてきたのか、味噌汁サービスを客に勧めてくれるようになった。


ヤツの一言でほとんどのおばさんたちが味噌汁を買っていく。


「いいわねぇ、マナちゃん」


お会計を待っている主婦の山内さん(推定40歳)が羨ましそうに私に話しかけてきた。彼女の顔を見れば何に羨ましがっているのかは一目瞭然。でも私は何がですか?と何も知らないかのように聞く。


「いやねぇ、わかってるんでしょ?」


山内さんはさっきよりも小声で私に耳打ちする。えぇ、わかってますとも。でも、


「総悟くんよぉ、あんなかっこいい男の子なかなかいないわー本当に付き合ってないの?」


ヤツと一緒に働くことが、他人から見て羨ましい光景になっていることは理解できない。ましてや恋愛関係なんて勘弁してほしい。


「山内さんはアイツの本性知らないから、言えるんですよー。はい、日替わり弁当と味噌汁、500円ね」


500円ちょうどをもらって、弁当と味噌汁が入ったあたたかい袋をさっさと渡す。店内が混んでるのもあるが、ヤツの話題に付き合わされるのは面倒なので早く帰ってほしかった。山内さんはヤツに挨拶してから嬉しそうに帰っていった。





「うあー疲れた」


午後3時、私たちは店の奥にある休憩室で賄いを食べていた。とにかく今日は客がいつもより多くて忙しかった。休憩時間もいつもよりずっと遅い。椅子に浅く腰かけて首を回す私に、昨日テレビで全国の弁当屋選手権がやっていたから混んだじゃないかとのり子さんがお茶を飲みながら言った。


「あーなんか2位の弁当、ここのと似てるなって思って見てやした」


ヤツがほうれん草のおひたしに箸をのばしながら、独り言のように言った。


そんな選手権やってたんだ、とそこで初めて今日の混雑した理由に納得したと同時に、私がいかにテレビをよく見ていないかを痛感した。家でテレビを見ることはほとんどない。


「私もそれは思ったよ、なんとかなんとかっていう店のアジフライ弁当」


のり子さんが頷く。まるでウチのを真似したとでもいうような言い方だ。ていうかなんとかなんとかってどこだよ。


「たしか‥京一弁当ってとこでさァ」


ヤツの言った店名にのり子さんがそうそう京一弁当!と手をぱちんと合わせた。


「あーあそこね」


やっとこの話題に入れた私でも知ってる京一弁当は京都にある老舗の弁当屋だ。弁当屋と言ってもウチのような店とは比べ物にならないくらい有名な老舗店だ。しかも京一弁当は鰻や松茸など使う食材は高級で贅沢なものばかり。たしか弁当ひとつで何千円もすると聞いたことがある。


と、そこで私の頭にひとつ疑問が浮かんだ。


「え、まさか京一弁当のとウチのアジフライ弁当が似てたの?」


弁当ひとつで何千円もするようなセレブ弁当とウチのアジフライ弁当(400円)が似ているなんて考えられない。京一弁当のモノを見ていないから断言はできないけど、共通点なんてアジフライ弁当っていう名前だけだと思う。


「あれは確定だね、たしかあそこの店長、江戸出身らしいし」


どこが確定なんだ、自信満々に頷くのり子さんに心のなかで突っ込む。しかも、江戸出身だからって‥こじつけにもほどがある。わざわざ高級店の店長がウチみたいなおんぼろ弁当屋のメニューを盗むだろうか。いや絶対ないよ。


「そういえば、1位は江戸の法友都でしたねィ」


江戸というフレーズからヤツは新しい話題を放り込んだ。法友都はファーストフードのような手軽さと値段が人気の弁当屋。地球だけじゃなく、他の星にもあるので留学時代、江戸が恋しくなったときによく食べた記憶がある。


「あれは全国チェーンだからねぇ、安いし。さすがの京一も安さと手軽さには勝てなかったねぇ」


のり子さんが審査員のように分析するのを聞きながら、インスタントで作った松茸のお吸い物をする、


‥薄いダシの味しかしなかった。


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