「もしもし、恋です」
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「緊張しすぎだろ、」


「う、うううっさい!」


沖田と観覧車乗り場までやって来た。ドキドキは最高潮、私はきっといま誰よりも心拍数が忙しく半端ないと思う。変な汗をじんわりと感じながら係員のお兄さんの指示を待つ。やべぇ、何この死刑執行を待つような気持ちは!心臓が止まる!お兄さん、観覧車の中にLED‥じゃねぇやAEDって装備されてますかね!?


「行ってらっしゃーい」


迫る観覧車の扉が開き目の前にやって来た。後ろにいるお兄さんの見送りの言葉を聞きながら一歩足を前に踏み出す。早く乗らないとタイミングが掴めず乗れなくなってしまうので緊張したりウジウジする暇はなかった。ドキドキというよりも、早く乗らなくちゃという気持ちの方が大きかったんだと思う。


だから気づかなかった。


「え、沖田‥?」


飛び乗るように入った観覧車は私だけが乗っている状態で扉が閉まり進みだしてしまったことに。ガチャ、と完全に閉まった音を聞きながら沖田の気配がしないな、と後ろを振り向けば沖田が外から私を見ている。


「え、何やってんの」


驚いて思わず声が出てしまった。がその声は狭い車内に吸い込まれるように消えていく。え、ちょっと待ってよ、あんたが乗ろうって言ったじゃん。え、嘘。


「行ってらっしゃーい」


だがもっと驚いたのは沖田が慌てる様子もないまま私の乗っている次に来た観覧車に一人乗り込んだことである。まるで最初から別々に乗るつもりだったように、お兄さんに手を振られながら沖田は車内に腰を下ろしたのだ。私の車内から少し下に見える沖田はこちらを見ずに呑気に外を見ている。


‥な、何これ。何でバラバラで乗っちゃってんの?しかもよく見たら沖田、普通に携帯いじってるんだけどォオ!なんだよお前ぇええぇえ!こっちは一緒に乗る前提で気持ち悪いくらいドキドキしてたのに‥こんなところでS発揮させなくていいし!何なの!マジお前何なの!


‥‥‥


‥‥





どんどん上がっていく観覧車とどんどん下がっていく私の気持ちが交わって何だか自分が惨めに感じた。ドキドキしてたのは緊張する反面、沖田と観覧車に乗れることが嬉しかったからなのに。キスがあーだこーだ言ってたから変に動揺しちゃってたけど、好きなやつと観覧車乗るなんて楽しみに決まってるじゃん。


「‥沖田の、バカ」


ひとり静かな車内で腰を下ろしながらぼーっと外を眺めた。ここから下を見て沖田に中指をつきだしてやろうかとも思ったけど(別々に乗ってるから指を折られる心配もない)、何だかそんな気にもなれなくて。さっきまでの忙しい感情たちが一気に冷えていくのを静かに感じていた。


ヴーッ、ヴーッ


そんなとき、懐に入っている携帯が着信を知らせた。こんなときに誰だよ、と渋々携帯を出せばディスプレイに映った名前は"沖田総悟"。


「‥‥は、」


ど、どういうこと!?震える携帯をつかんだまま下を見る。沖田は窓際に座り外を見ながら携帯を耳に当てていた。ますますわけがわからない、お前何がしたいんだよ!つーかこっち見ろ!外ばっか見てるの不自然だから!


ヴーッ、ヴーッ


沖田はこちらを見ることもなくただじっと私が電話に出るのを待っているようだった。規則正しく鳴る携帯のバイブが手のひらから心臓に伝わって私を急かす。


「も、しもし」


相変わらず沖田が電話を切る様子はないので、とりあえず電話に出ると遅ェ、と一言携帯の向こうから沖田の声が聞こえてきた。いやいや‥遅ェじゃねぇよ!何で電話?ていうかその前に何で別々に乗るんじゃ!


「藤堂、」


言ってやりたいことはたくさんあったはずなのに、喉のすぐそこまで込み上げてきていたのに、聞こえた沖田の声と呼ばれた自分の名前が脳みそを支配して私の言葉はすーっとなくなっていった。電話だと少し低い気がする沖田の声はまだ慣れない。


「観覧車降りるまでこっち見るんじゃねェぞ」


「‥は、いきなり何?」


沖田の言った言葉の意味が分からなくて思わず沖田がいる下の方へと向きそうになってしまった。しかしそれを阻止するかのように沖田がこっち見んじゃねェと言った。


「沖田、さっきからおかしいよ」


「うっせー黙って聞いてろィ」


「何を?」


「こっち見ねぇって約束すんなら、教えてやる」


携帯から伝わる沖田の声は何だかいつもより余裕がなさそうに聞こえて、思わず携帯を握る力が強くなる。


「こっち見んじゃねーぞ」


「わ‥かった、ていうかさっきから見てないし!」


背中に感じる沖田の気配。気になる、けど見れない。沖田は今こっちを見て話してるのかな、何を話すつもりかな。遠いようで近い不思議な距離を感じながら沖田の言葉を待った。ふと見た景色はかなり上がっていてほんの少し薄暗くなった空がどこまでも続いている。


「俺、前言っただろ‥お前に京行けよって」


「あ、うん」


万事屋でご飯を食べたあと沖田に遭遇して一緒に帰った日のことを沖田は言っているようだった。まだ行くか迷っていたとき沖田の行けよ、という一言が後押ししてくれて私は京行きを決めたんだっけ。


「あれ、取り消す」


「‥え‥は?」


「行くな藤堂」


「‥え、ちょっ何言ってんの」


いきなりの展開に私はわけがわからなくなった。あの日背中を後押ししてくれた沖田は今、私に行くなって止めてるの?行け行けと追いやられることは想像していたけどまさか止められるとは思っていなかった。予想外の言葉に胸がトクン、トクンと高鳴って、沖田の"行くな"という台詞が耳の中で「お前がいなくなったら、俺ァ誰の指折ればいいんでィ」


「‥え、はぁ!?」


トクン、トクン、と規則正しく鳴っていた鼓動が一時中断。え、行くなって‥そういうこと!?


「お前がいなくなったら、俺のかきくけこロッケ、誰が毒味すんでぃ」


「し、知るかボケェ!」


もう電話切ってやろうか、電話切ってついでにお前の生命線も切ってやろうかアァァア!マジさっきから何なの私のドキドキを返せ。


「‥なぁ藤堂、置いていかれる俺ァどうすりゃあいいんでィ」


「え、っ」


突然の消え入りそうな声は沖田じゃないみたいだった。弱い口調、寂しそうな台詞、返す言葉も見つからない。


「おめーがいねェ日常なんか、オリーブオイル使わねぇMOCO'Sキッチンみてぇなモンだ」


「‥え、も、MOCO'Sキッチン?」


おいこら沖田ァ!真剣なのかふざけてんのか統一しろよ!さっきからテンションがコロコロ変わる沖田の会話に私はもはや着いていけない。なんで私オリーブオイルにされてんの?他の例えあっただろ!


「おめーがいねェと関根○里がいねぇZIPみてぇなモンだ」


「おいZIPから離れろ、そろそろキレるぞ」


やっぱりこういうやつか!知ってたけどな!でも何か良い雰囲気だったからもしかして‥って期待しちゃったんだよ!あぁ、でもやっぱりヤツはヤツだったな!知ってたけどな!とイライラしながら心の中で叫ぶ。あぁ、あのOPみたいなキャベツの千切りならぬ沖田の千切りはないですかねもこみちくん!


「俺ァ‥」


沖田がまた話し始めた。今度ZIPのZの字でも出してみろ、速攻で電話切ってやる。


「お前がいなくなったら清々すらァって思ってた。こんなこと言うはずなかったんでィ‥」


自嘲じみた笑いを含むような泣きそうな声に胸がぎゅっとつかまれたように痛んだ。


「藤堂、」


沖田のバカ。なんでそうやって‥ふざけたかと思えば寂しそうな声で私を呼ぶの?ずるい、ずるい。いちいちドキドキする身にもなってよ。


明日、江戸を出て京へ行くのに、こんな沖田知りたくなかった。そんな弱々しい声聞きたくなかった。行きたくないって、気持ちが少し出ちゃったじゃない。


「‥俺ァ、お前のこと世界で一番嫌いだ、ここまでドSを苦しめる女はじめてでィ」


「わたしは、宇宙一嫌いだコノヤロー」


沖田がフッと笑ったのが聞こえた。世界で一番嫌い、沖田らしい言葉だと思った。こういうときくらい素直になればいいのに。本当、素直じゃないなぁ。


「沖田の、意気地無し」


「乳なしよりかはマシでィ」


「ぐっ‥お前ぶっ殺す!!マジ千切り確定!」


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