心臓爆発3秒前でも入れる保険ありますか
>




「機嫌直せよ」


「うっさい早くおしるこ詰まらせろっつてんだろ」


沖田と再会したはいいけど、空気はあまり良くない。それもこれも沖田がジュース買いにいくからだ、反省するどころかいつもと同じでふざけてるからだ。私の気持ちはモヤモヤしたまま頭の上に乗っかっている。


せっかくのデートは想像してたよりずっとよろしくない方向へ進んでいた。明日にはもう、京へ行くのに。しばらくは帰ってこないのに。沖田に会えなくなるのに。


「(‥私が素直になれば、済む話なのに)」


沖田の前じゃ素直になれない、私が抱える悩みナンバーワンかもしれない。きっと誰よりも素直にならなくちゃいけない人なのに、どうしてこんなに片意地張って可愛くないことばっかりしちゃうんだろう。


「藤堂、携帯貸せ」


「‥何でよ」


無言のまま賑やかな園内をただ歩いていると半歩先を歩いていた沖田が手を差し出した。思わず立ち止まった私を急かすように手を近づける沖田はこちらを真っ直ぐ見ている。


「番号。知らねェだろ、俺の」


「‥‥‥」


あんたの番号なんかいらないよフンッ!と否定しなかったのは沖田が恥ずかしそうに目をそらしたから。それは一瞬のことですぐにポーカーフェイスの沖田に戻ったけど私は見逃さなかったし、その表情で言われたら断れなかった。モヤモヤしたものがきゅっと縮まる気がするのを感じながら携帯を沖田の手のひらにそっと乗せた。すると携帯を握った沖田が今度は私に自分の携帯を差し出した。


「名前はメス豚で登録しとけ」


「い、嫌じゃ!」


どうやら沖田の携帯に私の番号を入れろということらしい。青春か若さか初恋か、どの言葉が当てはまるか分からないドキドキした心地を抱えながら沖田の携帯に自分の名前をいれていく。あ、もちろん名前はnotメス豚で。男の人と番号交換ってこんなにドキドキするものなんだ‥金成木さんのときは分からなかったけど。


「は、はい‥どうぞ」


「ん、」


お互い打ち終わったので沖田の番号とアドレスが入った携帯を受けとる。自分の携帯が何だか別物に見える!この中に沖田の、番号が入ってるって考えたら急に体が熱い。さっきの気まずさより変なドキドキの方が勝ってしまって、妙に重みのある携帯を懐にしまった。沖田と電話したりメールしたり、するのかな‥なんて想像できない状況を思い浮かべたら恥ずかしかったので止めた。


‥‥‥


‥‥





それからしばらく私たちは園内を歩いた。正直アトラクションはもうよかった。さっきまであれだけ乗りたかったくせに、懐にしまった携帯が妙に存在感を放つせいでどうでもよくなっていたのだ。沖田は何も話さない。でもさっきは半歩先を歩いていた彼はいま私の隣で歩幅を合わせて歩いている。それだけで言葉はいらない気がした、心地よかった。でも同時に熱くくすぐったい何かが私の心を動き回って。結局、言葉がいらないとかそんなんじゃなくて、私は沖田にうまく話しかけられないだけかもなんて思いながら行くあてもなくただ歩いた。


さっきまでの嫌悪な空気は歩く度に減っていって、周りの音たちが優しく二人を包む。


「藤堂、」


「ん?」


どれくらい歩いたんだろう、沖田が久々に口を開いた。ふと見上げた横顔に一瞬、見とれた。いつもと変わらない憎たらしい沖田のはずなのに、どうにも魅力的に映って恥ずかしくなった私はすぐに目をそらした。


「乗るか、あれ」


そんな沖田が顎で何かを指した。沖田の視線、指す方をゆっくり見ると観覧車が少し先にあった。さっき入園したときは遠くに見えたそれはかなり近く、存在感を大きく放ちながらそびえ立っている、って‥


「‥っは!?」


思わず頷きそうになるくらい普通に提案したけどあんた、さっきとんでもないこと言ってたよね!?おま、自分で馬鹿な若者だのキスだの言ったくせに、お前が一番馬鹿だろーがアァア!む、無理だぞ‥例え冗談でもあんなこと言われて平常心のまま観覧車なんか乗れない。いやもうすでに私に平常心なんてかけらもないけどな!


「‥ジェットコースター、乗ってやっただろィ」


慌ててあたふたする私に沖田が少し目を細めながらこちらを見る。いやいや!だからって観覧車はないでしょうが!ぐるぐる回りたいならコーヒーカップとかメリーゴーランドとか他の回るアトラクションにしようぜオキタクン!!


「アホか、コーヒーカップとかメリーゴーランドなんてメルヘンでロマンチックなモン気恥ずかしくて乗れねぇや」


「いやいや、観覧車なんてロマンチックの塊ですけど!?気恥ずかしいレベルじゃないけど!?」


何考えてんだお前は!馬鹿か、馬鹿なのか!知ってたけど確認するわ、お前は馬鹿なのかアァァア!


「変なことばっか考えてんじゃねーブス」


「ちょ!いっ、いきなりブス発言!?何それうっざ!お前はブスと観覧車乗りたいんか!あぁ!?」


焦りとパニックともう訳がわからない感情たちが私の頭をぐるぐる回る。キレているのか焦っているのかも分からない。もういいよ、私の頭の中はぐるぐるしてるから。ものっそいスピードで観覧車回りまくってるから。一人で行ってこい、ここで見守っててあげるから!


「あ、大人二人で」


「って無視かよ!」


若干頭がふらつくのを感じながら沖田を見ると彼は一人スタスタと観覧車乗り場へ向かいスタッフに人数を告げていた。マジか、マジで乗るのか。あんなこと自分で言っておいて!?ブスとその‥チュ、チューすんのか!?


「藤堂、」


沖田がこちらに振り向いて早く来いと言うような目付きで見てきた。待機の列はなく、観覧車にはすぐ乗れるようだ。でも私は動けない、これ以上沖田に近づいたら猛スピードで動き続ける心臓が壊れてしまいそうで、どうにかなってしまいそうで。どうやって呼吸をしたらいいか、沖田を見ればいいか、分からなくなってしまいそうで。


どんな思いで私を呼んでるの、どんな気持ちで私と観覧車に乗ろうと思ってるの。


ねぇ、沖田。私苦しい、心がきつくていたい。


「藤堂、」


だから呼ばないで、沖田。これ以上、私の名前を。呼ばれる度冷静な自分に戻れなくなる、おさえている気持ちがいっぱいいっぱいになって飛び出しちゃうかもしれない。


勢いに任せて好き、という言葉がこぼれてしまうかもしれない。


「ふっ、安心しろィ。なんにもしねーよ」


「‥う、」


沖田のばか野郎、そんな顔するな、そんな不意打ちな笑顔見せるな。


「‥‥っ、‥」


もうこの状況から逃げる道も、今までの私たちに戻る道も見つからなかった。ヘンゼルとグレーテルみたいに小石を落としておけばよかったと思いつつ、もう進む道が前しかないことに期待している自分もいて。今まで逃げていた自分が変われる、ときがやっと来たのかもしれないって。


「藤堂、」


何よりもメルヘンでロマンチックであろうお菓子の家は、きっともうすぐそこに迫ってる。


前へ 次へ

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -