実は誰よりも楽しみにしていたなんて >数日前、どんな着物を着るか迷っていた私にのり子さんが似合うと勧めてくれた着物を着て準備は完了。化粧もさっきより薄くなったから大丈夫‥だと思う。 「お、お待たせ‥」 準備を整えて居間に行けば沖田は腰を下ろして携帯をいじっていた。私に気づいて顎にそえた手を離した沖田が立ち上がる。 「行くか」 「‥うん」 お互い口数の少ないまま家を出て大江戸ネズミーランドへ向かった。もうデートが始まった?なんて変に意識してしまって、何乗る?とかお土産どこで買う?とか考えていた話題は全て頭から消えてしまった。いつもみたいな会話ができないまま私は沖田の少し後ろを歩くだけ。それだけでも緊張して、周りを歩く人たちや物音が敏感に感じる。 「藤堂、」 「はい?」 しばらく歩き続けていると名前を呼ばれて、ふと前を見れば歩いていたはずの沖田が立ち止まってこちらを見ていた。しまった、ぼーっとしすぎた! 「はい?って‥切符。いらねーのかィ?」 「あ、ありがとう」 もう大江戸駅に着いたらしい。しかも私がぼーっとしている間に沖田は私の分の切符も買ってくれたみたいだ。仕事しないくせに、こういうのは早い男だと感心しながら改札へ向かう沖田へ続く。 「今日晴れてるからパレード見れるね」 電車に乗り込むと少し、ほんの少しだけど緊張はほぐれた。この電車一本で大江戸ネズミーランドへ着くので車内の広告がネズミーランド関連のものが多い。私はその広告を上手く利用して話題作りをした。事前に考えていた話題も思い出してきて持ってきたガイドブックを沖田に見せる。ていうか沖田と行くからかき消されてたけど、私はずーっと前から大江戸ネズミーランドに行きたかったんだよ!チケットもらったときのテンション半端なかったし、ガイドブック見ながらあれこれ考えてたら緊張ではなく本来の楽しみも負けじと沸いてきて、ネズミーランド関連の広告が並ぶ電車に乗ったことでテンションが徐々に緊張に勝ったのかもしれない。どっちにしろ、緊張したままでは楽しめるものも楽しめないので良かった、うん! 「うわあぁあ!見てあれだよ沖田!」 「‥何で門見て興奮してんでィ、」 電車を降りて、少し歩いた先に見えた大江戸ネズミーランド。休日ともあって門には開店前から人がたくさんいる。園内はまだ見えないけど私からしたらもうこの景色だけで白米いけそうな勢いだ。ずっと来たかった場所が目の前にあるんだもん! 「ねぇ、沖田早く行、」 早く入りたい気持ちが高ぶって隣の沖田をパッと見ると沖田が私をじっと見ていた。目が合った瞬間その大きな目が少し見開かれた。そして同じタイミングで私の胸が大きく高鳴った。え、何で沖田私のこと見てるの?恥ずかしくて、でも不思議と目はそらせなくて全身が痺れるような感覚に襲われる。ハッ‥まさか鼻くそ!? 「…店にいるときもそういう顔すれば可愛げあんのにな」 「は‥っ、え?」 そう言ってスタスタ歩き始めた沖田をよそに私は放心状態。そういう顔って‥どういう顔してたの私。可愛げあんのに、って…え?じんわり汗ばんだ手のひらをぎゅっと閉じて沖田のあとを追う。 「ねぇ沖田、私どんな顔してたの?」 「しーらね」 沖田にかけよって聞けばふてくされたように一言だけそう言った。私の方は見てくれない。 「何よ自分で言っておいてー、」 せっかく夢の国に来たのに無愛想な態度の沖田に、ぷーっと頬を膨らませると沖田が私の方をやっと見た。まだ見慣れない沖田の短め前髪が彼の表情を幼く見せる。 「口ん中のコロッケは飲み込んでけよ」 「コロッケ入ってねぇよ!空気じゃボケェ!」 そんなリスみたいなことしねぇよ!とキレる私に突然走り出した沖田。え、ちょ、待てぇえ!と反射的にそんな沖田を追いかける私。足の早い沖田に追い付くのは難しくて時おり余裕そうにこちらを振り返ってお尻をたたいて挑発してくる沖田が憎たらしかった。ていうか私たち何やってんだ。 ――― ―― ― 「はぁっ、はあっ‥ファストパスとる前にこんな走ってどうす、んのよ‥っはぁ」 「本番に備えた練習に決まってんだろィ。スプラッシュマウンテンぜってぇ取れよ」 沖田との鬼ごっこ(?)を終えて入園待ちの列に並んだとき私たちは汗だくだった。ゼェハァ息切れしながら自分何してんだと恥ずかしくなった。しかも沖田ちゃっかりファストパス業務押し付けてんじゃねぇよ。男ならお前が行け。 「つーかお前走ってる間にチケット落としてねぇだろーな」 「巾着開けてないから大丈夫だって、」 開園時間になり徐々にゲートに近づく中、巾着からチケットを取り出す。 「‥ってあれ!?」 電車賃は沖田が払ってくれたので、巾着を開けるのは初めてなはずなのに肝心のチケットが入っていない。途端に嫌な予感がして巾着を思いっきり開けてもう一度中身を確認。その間頭上から突き刺さる嫌なドSの視線。嘘、嘘、嘘ォオォォオ!嘘だと言ってぇぇぇええぇ!ごそごそ巾着を探るけれどチケットは出てこない。でも家からここまで巾着を開けてないことは事実。ということは、 「‥‥忘れた」 「は、」 夢の国の門まで来てまさかのチケット忘れ。苦笑いしかできない私が沖田を見上げる。すぐ先の園内からは陽気な音楽が流れていてそれがまた気まずい。そして虚しい。 「こ、これこそ門前払いですな、はは‥あははは」 「藤堂、指出せィ」 「ギャアァァア!ごめんなさいィイイィイ!」 こちらへ一歩近づいた沖田の形相が怖くて私は思わず走り出す。足の早い沖田に追い付かれたのは言うまでもない。 前へ 次へ back |