宣誓、私は恋をしています! >「おかえりんごヨーグルトー」 「‥‥‥」 「おかえりんごヨーグルトォー」 「‥‥‥」 「おかえりんごヨーグルトおぉお!」 「た、ただいまリッジブルー」 耳元で聞こえたのり子さんの声にハッとして顔を上げればエプロン姿ののり子さんが笑顔で立っていた。バレないよう静かに裏口から入ったつもりだったのに、いつの間にいたの!? 「ケツみっつに割かれなくて済みそうな顔してるけど、」 「べ、別に‥ふふ、普通だし!」 私の帰宅を待っていたかのようにその場から動かないのり子さんの前から私は動けないまま、彼女を見上げるだけ。 「沖田くんに何て言われたんだい?」 「‥‥ぅ」 "沖田くん"その名前に反応してしまって肩がびくっと揺れた。おかしい、今まで何度も聞いて自分の口からも呼んだ名前なのに。でも私は言えない‥言えるわけない、例えのり子さんにでも。 「行くのか、行かねェのか」 沖田に大江戸ネズミーランドに誘われたことも、 「‥いっ、行‥く!」 勢い任せに答えて、沖田と大江戸ネズミーランドに行って楽しんでる姿を想像してしまったことも、 「じゃあ、決まりでィ」 そう言ってやわらかな目で一瞬微笑んだ沖田がうるさい私の胸に突き刺さったことも、言えない。言いたくない。 絶対、言えない。言いたくない。ていうか‥言えない。マジ何も言えねぇ、って状況本当にあるんですね北○康介さん。 胸を鷲掴みにされるような痛みに耐えながら呼吸をする度に体が熱い。のり子さんにはバレてしまってるかもしれないけど、さっき起きたことを自分から言うなんて、無理。 「あんた、そんなので緊張しててどうすんのよ。沖田くんに接吻されたら死ぬんじゃないの?」 「せっ、」 のり子さんがケラケラ笑いながらそう言った。私は口をパクパクしながらのり子さんを見ることしかできない。もちろんその間にも体温は上昇して。 のり子さん何言ってんだアァァア!もうバレてるであろうことはさておき、せ‥接吻って!何言ってんのって感じだし言い方古いよ! 「あんたぐらいウブな子だと沖田くんも大変だろうねぇ、まぁあたしからしちゃ、若いって感じで楽しいけど」 ケラケラ笑い続けながらのり子さんは仕事に戻るのか、キッチンへと向かっていく。どくどく血液が流れる音が耳元まで届くくらい私の体はおかしくなっていて、このままじゃマジで大江戸ネズミーランド行く日に倒れてしまうんじゃないかというほどだった。 「マナ、早く店番戻りなさいよー」 キッチンへ消える手前、のり子さんがこちらに振り返った。私はうん、と小さく頷いて今度こそキッチンへ向かうのり子さんの背中を見送った。 一人になった静かな空間で、考えてしまうことは沖田。一緒に行くことになった大江戸ネズミーランド。当日の服装。何を話せば良いか。 行きたくないと言えば嘘になるけど、ずっと行きたかった大江戸ネズミーランドへの期待感はあまりない。だってぶっちゃけそれどころじゃない、ああいう場所に男女が二人って‥その、デート‥みたいな感じじゃん。それも私と沖田が。 沖田が急にどうして大江戸ネズミーランドへ誘ったか。私にチケットを渡したときはああいう場所は興味ないとかなんとか言ってたはずなのに。そんなことさえも気になり始めて私の頭はパンク寸前で。 「‥‥っ」 沖田に自分の気持ちを伝えようと思っていた数時間前より心臓が痛いのは、それと同じくらい沖田と出掛けることが緊張してしまうということ。 あぁ、もうダメだ。ここまで来たら隠せそうにない。のり子さんにはもう隠せてる状態じゃないし。このまま認めないのは自分をきっと苦しめる。現に今もこうしてこんなに苦しくて切なくて息が詰まってしまいそう。 でもどうしてだろう、心の奥の‥本当の部分は嬉しくてあったかい。 きっとこれが‥好き、ということなんだろう。 「あーあ、」 あれだけギャーギャー沖田なんてクソ食らえ!と言っていたのに、ついにそんな自分さえも認めてしまったことに後悔しつつも、心はどこか穏やかだった。 もう反論や否定もいらないくらい、沖田のことを私は想ってしまっているんだろう。自分でも気づかないくらい大きく。 沖田へ芽生えた気持ちが、大嫌いという感情を越えてしまった。嫌いの感情は固く動かないままだったのに、いつの間にかそれらはやわらかく溶かされて私の全身を侵食していた。 悲しきかな、嫌いの感情を壊したのは嫌いなはずの本人。あいつの優しさ、微笑み、黒が白へ変わるように私の中の感情はジワジワと色を変えていく。 「あぁ、もう‥ばか」 色を変えた私の中の沖田は、今までと変わらないムカつく表情をしていた。そんな彼を今までと違う意味でとらえてしまう私が、何よりも一番変わったんだと思う。 前へ 次へ back |