ぬるいくらいがちょうどいい
>


「「「えぇ、ここ辞めるの!?」」」


京へ行くと決めて数日、私はお店へ来てくれるお客さんのうち常連さんには京で勉強をすることを話すことにしていた。挨拶もなしに急にいなくなるのは失礼だし、最後って言ったら変だけどみんなとできるだけたくさん話がしたかった。話す度に別れを感じて寂しくなるけど。


大切なものは失ってから気づくと言うけど(そして失ったわけじゃないけど)、改めてあいうえお弁当という場所はあったかくて私の大好きがたくさんある場所だなと思った。別れは寂しいけど、でもここが帰ってくる場所って、すごく嬉しい。


いつものように野球あそびの帰りにコロッケを買いに来た佐吉と龍之介と一平。コロッケに夢中だったのに、私がここを出ていくと言った途端にオーバーリアクションでこちらを見る三人が可笑しくて可愛くて思わずぷっと吹いてしまった。何だかんだ寂しいのかな、まだまだ可愛いなぁ。


「新しく入ってくるアルバイトはきまってるの?」


「かわいいこがいいなぁ!堀北○希みたいなきれいなおねえさんとかよくね?」


「いい!おれ毎日お店来る!」


「おめーら違ぇだろーがァア!」


ぐふふふとニヤケる三人にげんこつを落とす。少しは寂しがれクソガキ共!なっにが堀北○希みたいなきれいなおねえさんだコノヤロォオ!遠回しに私が不満みたいに言ってんじゃねーよ!私だってそのうち清楚で綺麗なおねえさんになるんだからな、そのうち!


「なんでやめるの、クビ?」


「一平、そのおにぎり頭こっちに向けろ」


「えぇ!なんで!?」


「佐吉、お前はそのバット寄越せ」


「マナねぇちゃん暴力は良くないよ!」


「うっせーんだよがり勉龍之介、その眼鏡ごと殴るぞ」


「うわー聞いたか今の、ヒロインにあるまじき発言〜」


「「「「‥‥‥」」」」


カウンター越しに三人にガンを飛ばしているとおかしな声がひとつ。この声&毎度さりげなく登場なやつと言えば、


「「「沖田にいちゃん!」」」


「よォ、元気かブタ親子」


三人の後ろに沖田が立っていた。呑気に片手を上げている。三人は驚きつつも嬉しそうな表情で沖田を見ている。ていうかブタ親子って何!?私まさか親?こんなクソガキ産んでないのに!?


「沖田にいちゃんもコロッケ食べに来たの?」


「あぁ。おめーら好きなの奢ってやらァ」


「「「やったー!」」」


珍しく太っ腹な沖田の周りで騒ぐ三人は嬉しそうにショーケースのコロッケを物色している。そんな彼らを私はただ眺めていた。何か‥沖田が兄貴っぽく見える。それに三人とも私より沖田が好きって感じプンプンでむかつくんだけど、年下からしたら憧れる感じなのかな沖田って。慕うとか憧れる要素どこにもないと思うんだけど。


「はい、じゃあ360円ね」


「聞いたかお前ら、こいつコロッケだけじゃなくて360円もくれるらしいぜ」


コロッケを渡してから手を差し出すとコロッケにかぶりつきながら沖田が驚きながら三人に話しかけた。


「違うわ!お金払えって言ってんの!」


「マナねぇちゃん太っ腹ぁー」


調子をこいた佐吉が私に親指をたててグッとこちらへ見せてきた。


「おい佐吉、太っ腹とか言ったらこの女ブヒブヒきれるぞィ。腹タプンタプンだから」


片眉をあげてニヤニヤする沖田。思わず顔の筋肉がヒクヒクひきつる。しかも沖田お前私のお腹見たことないくせに適当なこと言うな!


「怒りすぎてズボンのボタンぶちんって切れちゃったりして〜ギャハハハ!」


すでにコロッケを食べ終わった一平が私を指差してゲラゲラ笑う。おいこら一平、てめぇの方が太ってんだろうがァアァァア!マジでそのおにぎり頭かち割りたいんだけど。


「マナねぇちゃん、おれはさみしいよ」


「‥え」


沖田と一緒に笑いからかう佐吉と一平から少し離れていた龍之介が背伸びしてショーケス越しに私に耳打ちしてきた。イライラしていた私は、龍之介の言葉が意外で思わず聞き返してしまった。


「りゅ‥龍之介、」


龍之介は照れ臭いのか少し顔を赤らめながらぎこちなく笑って私を見ている。な、なにこのツンデレ眼鏡!真面目な顔してなにこのテクニック!そして子供のツンデレって何でこんなに可愛いんだ!


私はすっかり龍之介のツンデレにやられてしまい、他のゲス三人(沖田と佐吉とおにぎり頭)の冷やかしなんて全然気にならなくて。龍之介を抱き締めたい衝動に駆られる、心なしかウルッときてしまっている自分。龍之介‥あんたはやっぱ違うわ、他の鼻水ぶら下げてるような二人とは。賢い子だよ、ちゃんと看板娘の偉大さと可愛いさが分かって「だってマナねぇちゃんいないと、いじれなくなるもん」


「‥‥は?」


せめてその賢い頭を撫でてやろうと手を伸ばすと龍之介がにっこり笑いながらそう言った。イマイチ意味が分からなくて、思わず手を止めてその言葉の意味を考えた。私がいないといじれなくなるもん‥?いじり?え、いじり?


「だって新しいアルバイトのひとが堀北○希みたいにかわいかったら、はずかしくてしゃべれないし」


「‥‥‥」


「マナねぇちゃんってそういう意味で人気なんだと思‥いっだぁあ!」


いたって真面目な表情で分析をし始めた龍之介にさっきまでの愛しさは薄れて、龍之介がインテリぶってぐいっと眼鏡を押したのを見計らって私は顔面パンチを食らわせた。


「お前も一緒じゃねぇかァアァァア!何なの、あんたらヒロイン何だと思ってんの!?」


「「「「冷え性の老人みたいな匂いするインド人」」」」


「うわぁ!何てきれいなハモリだこと‥‥って違ェエェェエ!それイラスト企画のネタだろうが!」


しれっと当たり前のように口を揃えて答える四人に私のイライラはピーク。しかも私のノリツッコミに引いたらしい、苦笑いを浮かべている。ちょ、マジむかつく!マジお前らむかつく!キィイィイイイッ!


私がどれだけここを離れることに悩んだか知らないくせに、悔しいけど沖田や三人と離れるの寂しいなって思ってたのに、私なりにむかつくあんたらに思うことたくさんあったのに!悩んでいた自分がアホらしくなる。


「フンッ、仮に堀北○希みたいな可愛い子が来てもそれは本当のあいうえお弁当なんかじゃないからな!静かなお店でしんみりコロッケ食いながら私の大事さを痛感しろバカども!」


ムカついて、悔しくて、感情を吐き出せば四人はポカーンとしたアホ面をこちらに向けた。私がキレたことにびっくりしているのか、少し反省したかは知らないけど。


「マナねぇちゃんごめん‥でもお店にいるのがマナねぇちゃんじゃなかったら、おれたちコロッケ買わないよ」


「え、」


すると佐吉が遠慮がちに口を開いた。反省したらしい、しかも発言からして私がいなくなること実は寂しがってね?佐吉も実はツンデレか。


「だってもし、堀北○希みたいな可愛い子なら80円のコロッケなんかより高いお弁当買うもん」


「「「たしかに!」」」


「おめーら帰れェエェエェエエ!」


あぁ、私の帰ってくる場所は温かいのでしょうか、冷たいのでしょうか。


前へ 次へ

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -