約束は交わさなくとも
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「‥‥‥」


「‥‥‥」


お互い無言だった。静かな歌舞伎町を二人分の足音だけがいつまでも聞こえる、少し前を歩く沖田をチラリ見ながら歩くのは精神的に疲れるものだった。


考えないようにしよう、そう思う度にさっき万事屋の三人に言われたことを思い出してしまう。冷静を保とうとする心にそれが溢れ出てきそうで怖い、自然と私の顔は下を向いた。


私はどうしたいんだろう、恋だの何だの言われてそのことを自分は本当はどう思っているんだろう。自分の事は一番よく分かっているとよく言うけど今の私はその逆で、自分が一番自分自身を分かっていなかった。


「藤堂、」


「な、なに?」


自分自身に迷いを感じていると沖田に名前を呼ばれた。はっとして顔を上げれば前にいる沖田は立ち止まりこちらを見ていた。一気に緊張が走る。い、いつの間にこっち向いたァアァァア!?


「腹減らねーか?」


「え、ごめん満腹」


沖田が少し表情を崩しながらそう言った、でも私は三人と夕食を食べたので今は空腹ではない。私の返事に沖田がちっ、と小さく舌打ちをした。


「沖田、ご飯食べてないの?」


「久々に忙しかったから食う時間なかったんでィ」


まるで子供のように口をへの字にさせる沖田。お腹空いたからってその表情、マジで子供じゃん。


「コンビニかどっか寄る?」


「いい。お前んとこの弁当食う」


「いや今日休みなんだけど」


「オメーが作れよメス豚コノヤロー」


「それ人にものを頼む態度かな!果てしなくウザいんだけど!」


顔をひくつかせながら沖田を見れば、もう空腹問題は解決したと言わんばかりの清々しい表情をしていた。いやいやだから弁当なんかないってば。


「‥お前、京行くんだろ?これも修行のひとつでィ」


そしてふと沖田が放った言葉に私は固まってしまった。


「え、何でそのこと‥」


私、沖田に言ってないはずなのに何で?しかももう私行く前提になってね?え、何で?


「おめーのおふくろさんのお見舞いに行ったザキが言ってたんでィ。良かったな、弁当屋なのに料理できないキャラ卒業のチャンスじゃねーか」


そう言って笑う沖田は困ったような笑みで、それを見た私は何も言えなかった。沖田は、応援してくれてるの?そんな困った笑顔で、良かったなって思ってるの?


「‥沖田は、どう思う?」


「何が」


自分の声が震えていると気づいたのは声に出してから。こんなこと聞くつもりなかったのに、沖田を見ていたらもどかしくって聞かずにはいられなくて。表情に惑わされない、沖田の言葉で聞きたかった。例えひどいことを言われても沖田の気持ちが知りたかった。


「私が、京に行くって‥どう思う?」


おかしな質問だと自分でも思った。こんなこと聞いたって沖田が真面目に答えてくれるはずなんかないのに。


「‥‥‥」


でも私は拳を握りしめながら沖田の返事を待った。きっと私は沖田の言葉で京へ行く覚悟が決まる、そんな気がした。私は京へ行きたくて、でも今までの江戸での生活を振り返りもせず京へ行く勇気はなくて。それは家がありお店があり、お客さんがいてお母さんやのり子さんがいて‥沖田がいるから。


私の夢は彼らと同じくらい私の中では大事なものだから。


甘い考えかもしれない、悔しいけど、でも沖田がもし送り出してくれるなら後ろ髪を引かれる思いでも行ける気がする。強がりや意地っ張り、全ての自分を差し置いてでも知りたいことが、聞きたい言葉がここにあるから。


「‥‥‥」


沖田はすぐには答えなかった。私をジッと見つめたまま動かなかった。いつもの私たちなら「こっち見んなメス豚」「はァ?自意識過剰じゃボケェ」と言い合うところだろう。でもお互い何も言わない。沖田もきっとどこかで気づいているのかもしれない、私が沖田の言葉を待っていることに。


「‥行けよ」


沖田は一言だけ、でもその一言はとても真っ直ぐでウジウジしていた私の背中をいとも簡単に押してくれるくらい強力なものだった。


「いじめられて怒られて、いつもみてぇにブッサイクな泣き顔で勉強してこい」


こちらを見た沖田は真剣な表情だった。あぁ沖田らしい、そう思った。ただ、いつもと同じムカつく言葉ばかりのそれは胸があったかくって、それでいて笑ってしまいそうになる。ずっと悩んでいたことがするすると溶かされていく。


「その代わり、帰ってきたらお前の飯食わせろ」


「え、」


「‥何でィ。文句あんのか」


まさか沖田が自分から私の料理を食べたいって言うとは思わなかった私は目をパチクリさせていた。沖田が気まずそうに眉をひそめる。


「沖田、わたしがんばる‥ね」


「俺に言ってどーすんでさぁ」


沖田が夜空を見上げる。彼が何を思っているのかは分からない。


ねぇ沖田‥待っててなんて言えないけど、でも待っててほしいなんて言ったら変なやつって笑う?


「沖田って、案外いい人だね」


「今さら気づくたァ、豚の脳みそどうなってんでィ」


背中を押してくれてありがとうなんて言えないけど、ありがとうって言ったら笑う?


「沖田」


「何でィ、」


好きだなんて、認めたくないし、言えないけど‥もし私が好きって言ったら‥何て言う?


「‥ううん、呼んだだけ」


何も言えないから、せめてその憎たらしい顔よーく見せてよ。京へ行っても頑張れるように。


「呼んだだけとか気持ち悪ィな‥知ってたけど」


「‥っぐ!餓死してしまえ!」


きっとこんな口喧嘩も、京へ行けば懐かしく思うんだろうって考えたら妙に寂しくなって。変なの、昔は沖田との喧嘩はイライラしてばっかりだったのに。


沖田と一緒にいる時間がいつのまにか私にとって特別になっていた。それが良いことなのか悪いことかは分からないけど。


私は京へ行く、心のなかで生まれた固い気持ちをあたたかいと感じながら沖田と歩き続けた。


冷たい夜が深くなっていく。


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