修行ってなんかかっこいい
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「うわあ、懐かしいなぁ!」


沖田とご飯(結局私のうどん案は通らずトンカツを食べに行った)のあと、お父さんと合流して家へ帰ってきた。本当はお母さんと三人で少しでも話したかったけど面会時間に間に合わなかったのでまた明日お父さんと会いに行くことになったのだ。


「私が小さい頃と変わってない?」


「あぁ。この棚は初給料で買ったんだよ」


お父さんはまるで少年のようなキラキラした目で家中を懐かしんでいる。お父さんが愛しそうに触れた棚は食器やら何やらが入っていて、私が小さい頃からずっとあるものだった。小さい頃に私がマジックで描いてしまった落書きがそのまま残っていて、お父さんはそれを見て微笑んでいる。


「いやぁ、京の生活の方が長いのにここは落ち着くなぁ」


嬉しそうに頷くお父さんを横目に私も周りを見渡した。お父さんほどじゃないけど、私も何だかんだ久々の我が家だ。ボロいし狭いし下はお店でいつも騒がしいけど、改めて見るととても良い家だ。お父さんや私が落ち着けて、それでいて笑顔になれるんだもん。ここに早くお母さんが帰ってきてほしい、早く三人で食卓を囲みたい。川の字になって寝てみたい。


「そういえば、京のお店は大丈夫なの?」


「あぁ、そのことでマナに話があるんだ」


しばらくしてお茶を飲みながらお父さんとくつろいでいるとお父さんが私に話があると言い出した。勢いで出てきたようなものだから、おじいさんはともかく他の従業員の人とかびっくりしてるんじゃないかな。


「ここで住みたいと思ってる、お母さんとマナ三人でね。でも京のお店のことをいきなり放って出てくるわけにはいかない」


「うん、」


お父さんの言う通りだ、今回は家族の問題だけじゃない。そしてお父さんを取り巻く京一弁当の問題が残っているのだ。京一弁当は弁当屋の中でも有名だし先祖代々受け継がれてきた老舗でもある。それを簡単に放り投げて良いわけではない(今は駆け落ちのことは触れないでおく)。


「父さんが逮捕されて、色々騒動になっているらしい。マスコミやお客さんもそうだし何より社内の人間が一番驚いている。それを対処するのは私の責任だと思うんだ、だから一度京に帰ろうと思う」


「‥うん」


お父さんはできるだけ明るく話していたけれど、私の心は晴れなかった。お父さんの言っていることは正しいし、私がそれを止める資格がないのも分かってるけど‥やっぱり寂しい。会ってすぐまたお別れなんて。しかもいつその問題を解決して帰ってくるかは分からないんだ、1ヶ月後かもしれないし半年後、3年後かもしれない。有名なお店だからお父さんが責任をとって何らかの処罰を受けるかもしれない。


そう思ったら、笑顔でお父さんを送り出せる気にはなれなくて。ワガママかもしれないけど、お父さんともっといたい。会えなかった分とまでは言わないけど、もっと色んなことを話したい。お互いを知りたい。


「マナも、着いてくるか?」


「えっ」


いつの間にかうつ向いていた私の頭にぽんっとお父さんの手が乗って、優しい声が聞こえた。でもその言葉の意味が分からなくて私は顔をあげた。声と同じ、お父さんは優しい表情だった。


「お母さんと話してたんだ、これからのこと。お母さんは退院したら復帰できるしのり子さん?っていうパートの人がいるからお店のことは心配ないって。それでマナが嫌じゃなかったら‥お父さんと一緒に京に来ないかって」


「ど、ういうこと?」


「料理の勉強だよ、もうお父さんは料理を仕事にはできないけれど、教えることはできるだろう?今回の問題でもしかしたら店が休業するかもしれないけどそれなら逆に時間ができるし、営業を続けるとしても現場に実際に入って勉強することもできる」


「私が、京一弁当で修行する、ってこと?」


だんだんと理解できてきたそれに、お父さんは楽しそうに頷いた。まさかの展開に返す言葉が見つからない。


「お母さんから聞いたよ、マナが料理の勉強をするためにオット星に留学していたって」


「え、あ‥それは」


お父さんが感心するようにうんうんと頷く。オット星の留学のこと、お母さん言ったのかァア!やだ、超恥ずかしいんだけど!理由が理由だけに恥ずかしいんだけど!


「お店は私が継ぐから料理を学びたいって、食文化が進んでるオット星に留学したんだろう?お母さんを将来楽にさせ「ギャアーアァー!言わないで!それ以上言わないで!」


お母さん私が言ったこと丸々言ってるぅうう!恥ずかしい、顔が熱い。楽しそうに笑うお父さんの横で私はただ黙っていた。


たしかに昔からお母さんの忙しそうなところをいつも見てきた。手は荒れてるしいつも腰を押さえてるし朝早いから眠そうだし、でも私が心配すると大丈夫だよ、って空元気になるお母さんを楽にさせてあげたいと思い始めたのはもうずいぶん昔のこと。



「マナ、あいうえおべんとうのてんちょうになる!」



昔は堂々と言えていたけど、大きくなるにつれてなかなか素直に言えなくてそんな昔のこともう覚えてないって態度とったりもした。でもやっぱりお母さんは女手ひとつで私を育ててくれた大切な人。楽をさせてあげたいっていうのはずっと変わらなくて、でもそれは決して大金持ちになってお店の従業員を増やすとかそういうことじゃないって気づいた私は、お店を継ぐことが一番お母さんに親孝行できることなんかじゃないかって思った。


「お母さん、泣いたんだって。マナが料理留学するって言ったとき。嬉しくて、でも無理させてるんじゃないかって」


「え、そんなことない‥!」


「うん、分かってるよ。その話を聞いて父さんも嬉しかった。父さんは家を継がずに家出もしたのに、マナは自分から店を継ぐなんて」


目を潤ませながらそう言うお父さんに、私ももらい泣きしてしまいそうになってぎゅっと唇を噛む。チクショー‥こうなるのが嫌だから絶対言わないでほしかったのに!お母さん、私が素直じゃないこと知ってて言ったのかな!


「もちろん無理にとは言わない。ただお母さんの入院で留学から帰ってこなくちゃいけなくなっただろう?良かったら勉強してみないかっていうひとつの案だよ」


考えておいて、とお茶を飲みながら言うお父さんに小さく頷く。まさかこんな形で料理の勉強ができるかもしれないなんて。今までほとんど私が料理したりお弁当作ったりするシーンがなかったけど!今回はそこには触れないでおこう、うん。そしてこれは、チャンスじゃないか‥?私が京で勉強すればお父さんともいられる、帰ってきて今までよりお店の手伝えることが増えるかもしれない、ずっと心にあったお母さんへの親孝行も‥できるんじゃないの?


悪い話じゃない、むしろ私にとって良いことばかりだ。なのに何でだろう?


「‥‥‥」


どこか迷っている自分がいた。料理、お店、両親、すべてが京行きに詰まっているのに。


そんなふらふら不安定な心に聞こえた声、


「藤堂、行くぞィ」



「‥‥っ」


何で、何で、何で?沖田総悟が私の心を‥揺らがせてるの。


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