植物って知らないうちに成長してる >病室を出て私たちはゆっくり歩き始めた。何か話すわけでもなく、でもそれが嫌な雰囲気ではなくて、私は心の中でいろんなことを考えていた。 その中で心を大きく支配するのはお父さんとお母さんのこと。家族だということはまだぎこちないし、これからどうなるのかもわからない。今まで知らなかったことが多すぎて、大きすぎて、改めてここ数日で起きたことを思い出すだけで頭が忙しい。お父さんとお母さんが抱き合っていた中に、私がいることはきっと家族として自然なことで私の理想でもある。でもまさかそんなことが起きるとは思っていなくて、いつの日にか夢描いていた景色だけれど18年間何もなかったのだからこれからもないだろうって思っていた。 「‥‥‥」 そしてそれは沖田とのこととも通ずるものがある。一歩前を歩く沖田の後ろ姿を見ながら出会った頃を思い出す。もう肌寒くすぐそこに冬が待っている今とは違う、出会ったのはまだ夏も来ていない日だった。ここ、大江戸病院で私たちは出会った。 「あの、大丈夫ですか?」 「大丈夫なわけねーだろィ、あーあ鼻がいてぇ。骨折かもなこれ骨折だわこれ」 あの頃は、あんな性格ゲス野郎に出会ったことを後悔していて、会う度イライラが止まらなくて。 「お前、何か食いたいモンあるか」 「えっ‥あ、とくに」 ふと沖田がこちらを振り向いたので、沖田の後ろ姿をぼーっと眺めながら考えていた私はハッとしてしどろもどろ。そんな私を沖田は気にしていないようでまた前を向いて歩き出した。 「‥‥‥」 私の気のせいかもしれないけど、沖田は最近とても優しい。それは行動でもあり、喋るときの声でもあり、私を見る目でもある。他人と比べたら当たり前かもしれないそれらは、沖田というだけでかなり特別に感じて、そしてそれらは確実に私の中の何かを揺らがせている。 出会ったばかりの頃は想像さえしなかったその優しさに、何か意味はあるのかな。前みたいに上げて落とすための優しさじゃなくて、沖田の本当の優しさを、その優しさにいつの間にか頼ってしまっている私に、沖田は気づいてるのかな。 「沖田、」 そっと沖田の名前を呼べば、前を歩く沖田が立ち止まってこちらを見る。ゴクリ、と唾を飲み込んで気づかれないようにぎゅっと拳を握る。 ずっと沖田に言いたかったことがある、それはちゃんと顔を見て言わなくちゃいけないこと。二人きりなら、今なら言える気がするんだ、 「何でィ、」 柔らかなその返事を聞いて、私は自分なりにふわり微笑んだ。 「‥あの日、泣かせてくれてありがとう。私、沖田がいなかったら今回のこと‥何も解決できなかったと思う、」 緊張が声に出ないように、でもちゃんと沖田に伝わるように、自分なりの言葉で一つ一つ紡ぐ思い。今の沖田なら、優しさがあるなら、きっと受け止めてくれるよね? 「‥本当でィ。俺の胸で泣くなんてなァ、キムタクの胸で眠るのと同じくらい贅沢なんだぞィ」 世話が焼けらァ、とでも言いそうな顔で上を見上げる沖田。でも表情はどこか嬉しそうで、思わず口元が緩んでしまう。何よ、そんなこと言って嬉しいんじゃん、本当素直じゃないな。 まぁ素直な沖田なんて、全然想像できないけど。 「キムタク?キムチ&たくあんのこと?たしかに臭かったわ」 「…おめーなァ、また泣かせてやろうか」 ムッと悔しそうな顔をこちらに向ける沖田。たまには素直になるのも良いけどやっぱり、沖田とは言い合ってた方が楽しい‥気がする。私たちが真面目って気持ち悪いし。 「ねぇ沖田」 「‥今度は何でィ」 「私、うどんが食べたい」 は?と不思議そうな表情の沖田に食べたいモンあるかって聞いたじゃん、と言えば沖田が返事をせずまた歩き始める。言いたいこと言ったらお腹も一気に空いてきた気がす「トンカツでいいか」 「は?うどんって言ったんだけど!」 「で?聞いただけでぃ。聞いたからって食うと思ったか?世の中お前中心に回ってるわけじゃねぇんだ馬鹿女」 「‥っぐ!お前だけには言われたくねぇよ!」 さっきまでの雰囲気はなくなっていつものようにぎゃーぎゃー言いながら歩く私たち。 「おきっ、た‥はなして、よ」 「離すか。そのぶっさいくな面が壊れるまでこうしてやる」 そんな中ふと通りすぎた待合室、あの日抱き締められたことをまた思い出してしまって胸がじんわり熱くなる。あのときの私たちはもういないけど、あんな沖田きっともう見られないけど。 あのときよりも私たちはきっと成長してる、よね? 「あったかいうどん食べたい、ちくわ天とネギ多めにのせて!」 「いいや。ロースカツでィ、お前は共食いになっからキャベツ食ってろ」 「マジむかつく!あんたのこと食ってやろうか!」 訂正‥やっぱり私たちは成長なんかしてないかもしれない。 前へ 次へ back |