親切心 「おっ、きれいになっとる!」 先程出て行った、財前くんと入れ代わりで部室に入って来たのは、忍足くん。 「元々、きれいだったし」 「白石が時々掃除してん」 練習で疲れているだろうに、肩にかけたタオルで汗を拭きながら、にこにこと笑いかけてくれた。 忍足くんは見た目はどこのヤンキーだと言いたいくらいだが、とても思いやりのある優しい人だ。 「ああ、確かに白石くん…」 いつの間にか、また、苗字呼びに戻っていた。 (えーっと、蔵、蔵、蔵…) 「…蔵なら、きちんとしてそうだね」 「…………」 (…あれ?) 私なにかした?と聞きたくなるような、険しい表情になった忍足くんは、無言のままタオルで口元を抑えた。 「なんで白石だけ名前呼びなん?」 「え…」 「俺も名前呼びの方が、ええ」 有無を言わせない眼差しでこちらを見られたら、そりゃあもう頷くしかない。 「うん…謙也くん」 私が名前で呼ぶと、取って付けた様に、慌てて謙也くんは言った。 「お、俺、東京に従兄弟おんねん。同じ苗字で呼ばれんの、いややねん」 「へぇ、そうなんだ」 「おん!」 嫌いな苗字呼びではなく、名前で呼ばれたからか、再び笑顔になる謙也くん。 「…あ、練習戻らなくていいの?」 「んん!せやった!」 財前のタオル取りに来たんやった、と、さっき財前くんが漁っていたバッグに向かい、群青色のタオルを取り出して、ほなな、と出て行ってしまった。 (……ていうか) 「財前くんって、後輩だよね」 損な性格だな、と心の中で呟いた。 100917 |