地獄耳


「これからよろしくお願いします」
「うちらの方こそよろしゅう。今日は男テニ手伝うんやろ、頑張り」
「ありがとう、ございます」
「タメやん、敬語やなくてええのにー」

みんなが面白くて明るい女テニにも挨拶に行ったあと、白石くんに、早速仕事してもらうでー、とか言われて部室を掃除していたときだった。ガチャッと扉の開く音がして振り向くと、ラケットを片手に持った黒髪ピアスくんが入ってくるところで、思わず出た言葉がよくなかった。

「あ、生意気ピアス」

言った直後に咳ばらいをしてごまかした、つもり。本当に小さな声だったから、聞こえてませんように、強くそう祈る。祈りは通じたようで、ピアスくんはこちらに目もくれず、さっさと自分のバッグに向かう。

「…よかった…」
「…なんか言いました?」
「いえ、なんでもないですすいません」
「それならええんや」

なんか言いました、の言い方が凄みありすぎて怖かった。

(ていうかタメ口だったよな、今…)

ピアスくんはバッグの前に座り込んでもうひとつのラケットを取り出していた。

「…何してるんですか?」
「なんで敬語なんすか?」
「なんとなく」
「…ふうん…」

ちらりとこちらを一瞥し、またラケットに向かうピアスくん。別に、少し気になったから聞いてみただけで、答えてもらわなくても全然構わないのだが。

「ガット切れたんで、もう一本の方使おと思っただけっすわ」
「えっ、あ、うん」
「…聞いてきたんそっちやろ」

聞いときや、と呟かれた。ちゃんと答えてくれるとは思わなかったので返事するのに少し戸惑った。ガットの切れたラケットを直し、立ち上がってドアに向かい歩き出すピアスくん。私の隣をすれ違う時。

「ちなみに俺は生意気ピアスやのうて、財前光やで、名前先輩」

私に聞こえるくらいの声量でそれだけ言って、部室から出て行った財前くん。

(聞こえてたのか、ごめん)

名前を知らなかったのだから仕方がない。



100618