慫慂


謙也くんの部屋に入ると、白石先輩が少し驚いた顔をして座っていた。

「謙也くんと白石先輩って、友達やってんなあ」
「おん、一応な」

他愛もない会話をしながらも、白石先輩を気にしてしまう。しかし、目を合わせることが出来ない。

(かっこええんやもん…!)

いつものカウンター越しとは違う距離感のせいで余計に恰好よく見える。

(現実にもこんな人おったんや…)

私は自他共に認める読書好きだが、その分、本の世界に入り込みすぎて、男の子に対する理想が高すぎるのだ。
そんな私をも魅了してしまう白石先輩は本当にすごい。

「ところで苗字、なんで俺ん家来てんねん」

ドキッとした。
なんて答えればいいんだろうと少し考えて、適当に答えとこうとO型の性格がでて、暇だったからと言った。
勿論、普段そんなことはなくて、謙也くんにも、「嘘つけ、アホ」と言われた。
アホじゃないとは否定したが、嘘のとこは否定しない。
すると謙也くんがまた話を振ってきた。

「そ、そういえば、白石と苗字は知り合いなんやったな!」

無理矢理過ぎる話の振り方だったが、白石先輩が答えた。

「おん、ちょっとな」

ズキン、と胸が痛くなった。
出会って間もないからそんなものだろうけど…。

(…ちょっと、か…)

少し淋しかった。

「……そうなんよ、謙也くん」

間があいてしまったが、謙也くんは気にしてなさそうだった。
白石先輩は、わからない。
と、そこで私は今日、兄ちゃんに買い物を頼まれていたのを思い出した。
兄ちゃんに、というより、お母さんが兄ちゃんに頼んだ買い物を頼まれたのだが。

「それじゃ、私はこの辺でおいとましますわ」

三人分のジュースが乗ったおぼんを持って立つ。
謙也くんが、俺がすると言っていたけど、このくらいどうってことないし、いきなりお邪魔させてもらった訳だし。
二人に軽く会釈をして部屋を出る。階段をおりて、テーブルにおぼんを置いておばさんに挨拶をして謙也くんの家を出た。
玄関横にしゃがんで靴紐を結んでいると、真横から白石先輩が飛び出してきた。

「うわっ!?」

先輩は私がいるとは思ってもいなかったようで、びっくりしてた。
私は驚きすぎて声も出なかった。

「先輩も帰るんですか?」
「おん…」
「ほな、また明日」
「また明日な…」

別れを告げて歩き出すと、白石先輩と同じ方向に曲がる。

「え」

(まさか…)

「白石先輩のお家こっちなんですか?」
「苗字さんこそ、あっちやろ?」
「買い物を頼まれとって…」
「そうなんや…」
「…よかったら、途中まで一緒にいきませんか?」

思い切って言ってみると、白石先輩は笑顔で「勿論や」と答えてくれた。



(先輩の顔が赤く見えるのは夕陽のせい?)


110223