驚喜


「謙也くんと白石先輩て友達やってんなあ」
「おん、一応な」
「一応やないやろ、一緒遊んどるし」
「たまたまや、たまたま」
「ふぅん」

(…俺はどうしたらええんや…)

苗字さんが謙也の家に来て早10分。俺の居場所はなかった。苗字さんは俺とは目も合わせず、交わした会話は「こんにちは」だけ。謙也と楽しそうにお喋りしている。謙也も謙也で俺に多少気を遣ってもいいと思うのだが(俺が彼女を好きだということも知っている訳だし)、こちらも苗字さんと楽しくお喋りである。
しかし、それよりも苗字さんが財前くんだけでなく、謙也までも名前呼びしているのが気に食わなかった。

「ところで苗字、なんで俺ん家来てんねん」

なんやすごく今更やな、とか思いつつ、さっきから俺もずっと気になっていたことを謙也が苗字さんに聞いた。

「え、暇やったし」

その一言は、俺に大きな衝撃を与えた。

(苗字さんは暇やったら謙也ん家来るんか…!?)

「嘘つけ、アホ」
「アホちゃうもん」

(どんだけ仲ええねん…!)

すると、謙也が俺のじとっとした嫉妬を含んだ視線に気付いたらしく、こちらに話をふってきた。

「そ、そういえば、白石と苗字は知り合いなんやったな!」

話をふってきたことには感謝するが、なんつー話を急にふるんだ、と思った。それでも勿論、半ば無理矢理な感じで話をふってきた謙也にこたえる。

「おん、ちょっとな」
「……そうなんよ、謙也くん」

俺が一言こたえた後、苗字さんが少し間をあけて口を開いた。些細なことかもしれないが、俺はその間が気になった。

「それじゃ、私はこの辺でおいとましますわ」

俺らの分の飲み終えたジュースも乗ったおぼんを持って立ち上がる苗字さん。

「あ、俺が持ってくからええで」
「ええのええの、ご馳走になったんやし」

笑顔で応えた苗字さんはあっという間に階段をとんとんとん、と下りていってしまった。

「…行ってもうた」
「……謙也、俺も帰るわ」
「え、白石…!?」

さすが運動部と言われんばかりの瞬発力でその場を後にし、彼女を追うように階段を下りた。

「…なんやねん、俺はおいてきぼりか」

一人部屋に取り残される謙也であった。


「おばさん、ごちそうさまでした!」

苗字さんは謙也の母さんに一礼して、玄関から出て行くところだった。

「おばちゃん、ごちそうさま!お邪魔しました!」

そないに急いで何か用事でもあったん、と呟く謙也の母さんに俺も軽く会釈して玄関を飛び出す。

「わぁ!?」

飛び出した真横で、苗字さんがしゃがみこんで靴紐を結んでいた。

「びっくりした…」
「す、すまん…!」
「白石先輩も帰るんですか?」
「お、おん…」

まさか苗字さんが玄関横にいるとは思っていなかったから、こちらも驚いて、吃る俺。格好悪い。

「あ、ほな、また明日」
「おん、また明日な…」

苗字さんに別れを告げて歩きだした瞬間、思わず足が止まった。

「え」
「え」

そして、苗字さんと声がかぶる。

「白石先輩、お家こっちなんですか?」
「苗字さんこそ、家あっちやろ?」

そう、俺達は同時に同じ方向に歩きだしたのだった。

「ちょっと買い物を頼まれとって…」
「あぁ、それで…」

(…って、俺どうすればええねん!)

無論、彼女と一緒にいれることが幸せじゃない訳がない。しかし、さっきまで目も合わせてもらえなかった(俺はずっと見とった)のに、二人きりになるなんて気まずい。

「…でも俺的には…」
「あの…」
「…一緒に……」
「あの!」
「えっ、あ!すまん!」
「よかったら…」
「ん?」
「途中まで一緒に行きません?」

昇天するんじゃないかと思った。


(勿論や!)
(なんか元気ですね)



100723