麻酔は愛の言葉


いつもは騒がしくごっちゃ返す教室が、しーんと静まり返る放課後。その、静かな教室に私と財前くんはいた。

「…………」
「…………」

私は気まずさから俯いて、財前くんは携帯の画面を見て俯く。

(なんで、こんなことに)


それは、一時間程前に遡る。帰りのホームルームも終わり、皆が教室からがやがやと出て行く中、私は帰宅部で特に急ぐこともなく帰りの支度をしていた。

「名前、今日は部活早く終わるから、一緒に帰らん?」
「あ、ええよ。教室におるね」
「おん」

そう言って運動部の友達と別れて、私が友達を待つ間に寝てしまったのが悪かった。一時間後目が覚めた時には友達はすでに帰っており、私の机には置き手紙。

『あんまり気持ち良う寝とるから先帰るで』

そして、周りを見渡せば、なぜか隣のクラスの財前くんが例の友達の机に座って携帯をいじくっているという今に繋がる訳だ。勿論すぐに帰ろうとしたのだが、財前くんをちらりと見ると、思いっきりこちらを睨んでいる(ように見えた)ので、思わず足が止まってしまい、荷物を降ろし、また椅子に座るという失態をおかした。その結果がこの居心地の悪さである。

(財前くんが出てったら帰ろう)

そう思うのだが、中々帰らない。それどころか、携帯画面から顔すらあげない。

「…………」

これは何の拷問なんだ。しかも、実は少し気になっている人だったりするから余計だ。

「…………」
「……よし」

急に財前くんがしゃべった。この空気の中ならいつ話し始めても”急に”なのだろうけども、少し驚く私。

「…………」
「…苗字」
「……え、うん?」

早く帰りたい、そのことにしか頭がいっていなかったので、拍子抜けする声が出た。私の席より前にいる財前くんがこちらを振り向き、目が合う。

「…………」
「…………」
「……俺な」
「う、うん…」
「お前のこと好きやねん」

がたん、と音をたてて私の椅子が倒れた。財前くんの言葉に驚きすぎたためである。しかし、痛みは毛ほども感じない。

「…え」
「やからな」

私の前に、にこりと言うには嘲るような、にやりと言うには優しいような、そんな笑いを含んだ顔の財前くんが現れて、手を差し延べていた。

「俺、苗字のこと好きやねん」
「……わ」

財前くんの手をとり、立ち上がりながら、私は言った。

「私も好き」



100907