些細なことで


昼休みに屋上の風通しの良い日陰で涼んでいると、扉が開いた音がした。

「あ、苗字やん」
「げ」
「げ、ってなんやねん、げ、って」

出てきたのは隣のクラスの忍足侑士だった。忍足とは、1年生と2年生の時に同じクラスで、そこそこ仲がいい、と私は思っている。今年は違うクラスだったと知った時にがっかりしたのを覚えている。

「なんか用?」
「俺も涼みに来ただけや」

近頃は暑うて敵わんわーと言いながら私の隣に胡座で座り込む忍足。

「髪切れば?」
「んーめんどい」
「伸ばす方がめんどくない?」

ちなみに私は中学に入ってからはずっとショートだ。

「ていうか、教室涼しいじゃん、クーラーついてるし、ガンガンだし」
「お前もやんけ」
「私はいいの」

金持ち学校だけに、普通の学校よりクーラーから出る風も不快じゃない。だが、私は窓を開けたり、こういうところで風に吹かれる方が好きだ。

「せやったら俺もええねん」

ごろん、と寝そべる忍足を横目で見る。髪を切った方がいいような気がするのは私だけだろうか。肩より少し長めの真っ黒の髪。

「切らないの?」
「何を?」
「髪」
「切って欲しいん?」

忍足の声は心臓に悪いと思う。あの、低音で少しねちっこい独特の関西弁で話されると誰でもどきっとしてしまうに違いない。

「絶対かっこいいよ」
「今はかっこよくないっちゅーことか、それ」
「そんなことないけど、今から暑いし、似合うと思うし」
「ほな、苗字が切ってや」
「え」
「苗字が切ってくれんのやったら」

忍足の伊達眼鏡が、近付く。

「ええで」

ぼそりと、私の耳元であの低音ボイスが呟かれる。

「っ」

私は思わず、のけ反った。

「…どないしたん」
「なんでもない!」

この時、私は自分が恋していたことに気付いた。


(で、切ってくれるん?)
(忍足は、そのままでいいの)
(…意味わからんわ)



100630