昔と変わらぬ愛を


重いドアの鍵を開け、ガチャリと音をたててドアを開く。
乱雑に脱いだ靴はそのままに、狭い1DKに置いてあるソファーにどっかり座り込んで、スーツの内ポケットから煙草を取り出し、百均のライターで火をつけた。
ふう、と息を吐くと灰色のもやもやが口からでた。

(苦…。あー…風呂入りたい。あがったら飯食って、カップ麺あったっけ…。そんで歯ぁ磨いて)

昔の名残も微塵もなくなった黒髪をかき上げながら立ち上がり、ほとんど吸っていない煙草を灰皿に押し付け風呂場に向かう。



風呂からあがると、テーブルの上の携帯がチカチカ光っていた。携帯を開いて画面をみると、不在着信の文字。
相手は知らない電話番号。

(…………)

迷った末、とりあえずかけてみることにして、リダイヤル。

「あっ、もしもし、ブン太…?」

一瞬、誰だかわからなかった。

「…名前?」

今でも大好きな、転校していったあの子の名前を呟く。返ってきた返事は言うまでもなく肯定の言葉で。

「急にどうしたんだよ…」
「こっちに上京してきたの。それで、中学の友達に電話番号教えてもらって……なんか、ブン太声低くなったね」
「お前は全然変わってねーな」
「そうかなぁ…。あ、ご飯食べた?」
「いや、まだだけど」
「そっか、わかった。電話切るね」
「え、ちょっ、まだ…」

プツリ。
一方的に切られてしまった。
話したいことはいっぱいあるのに。
またリダイヤルしようとして、ある考えに指が止まった。
もしかして、気持ちが変わってしまったのかもしれない。もう恋人ではないのかもしれない。名前には、新しい彼氏がいるのかもしれない。
そんな考えが頭を過ぎる。
俺は名前が転校していった日からずっと、あの約束を守ってる。

(仕方ねぇのかな…)

もう何年も前の話だし、所詮中学生の口約束。それでもやはり、悲しかった。


ピンポーン


家のインターホンが鳴り響いた。こんな時間に誰だ、と悪態をつく。
正しくは、こんなタイミング、か。
玄関にいき、無言でドアを開けた。

「こんばんは」

目の前には二十歳過ぎの女が立っていた。
髪は長くなり、背も少し伸びていたが、明らかに先程声を交わした彼女だった。

「名前!?」
「びっくりした?」
「びっくりもなにも…なんでっ…」
「住所もきいてましたー」

しっかりしてるでしょ、と名前は言って、何やら紙袋を取り出して俺に渡した。

「粗品ですが、どうぞ」
「は?」
「改めてまして、ここに越してきた苗字名前です。よろしくお願いします」
「…ここ?」
「うん、ここ。あっ、もしかして彼女いたりす…」
「いないっ!」
「…よかった」
「…めちゃくちゃ狭いけど」
「いいの!ほらほら上げなさい、ご飯作ったげるから」

昔と変わらない彼女を俺は何も言わずに抱きしめた。



(ずっと、大好きだから)
(変わらない愛を約束したあの日)



101202