卑怯者の間違い


休み時間になるといつも私は隣のクラスのあいつのところへ行く。

「ブン太ー、お菓子頂戴」
「んぁ?やだ」
「……ケチ」
「ケチで結構ー」

可愛い顔して”やだ”って…どんだけ破壊力あるか知ってんのかお前は。会って5秒で私のライフポイントは0に近い。
じゃなくて。

(もっとお話ししたいんだけどなあ…今日は飴ちゃん持ってきてないし…)

「あ、これやるよ」

必死に足りない頭をフル回転させて、昨日のテレビの話をしようか、それとも仁王に騙された話にしようか迷っていたらブン太に手をとられた。いきなり手を握らないでほしい。

(心臓が持たん…!)

「…何これ?」

私の手にはピンクの銀紙に包まれたチョコレートが乗っていた。

「それな、願いが叶うチョコらしいぜぃ」
「へー」

(そんなチョコあるんだ…勿論、願いが叶うのは嘘だろうけど)

ブン太と同じくお菓子好きの私でも聞いたことがない。きっと新商品なんだろう。ブン太のことだから、そういう情報には敏感そうだ。

「…願い、ねぇ…」

今金欠だから道で五千円札とか拾わないかな、iPodもほしい、CDも買いたい…などと考えていると、

「おう。ていうか恋限定だけど」
「…つまり恋が叶うチョコなのね」

最初からそう言ってほしい。色々考えてしまったではないか。

「チョコ食って、赤色のペンで好きなやつの名前を包み紙に書いて、筆箱に入れとくんだってよ」

(赤ペンって…)

なんだか呪いでもかかりそうだ。

「あ、チャイム鳴った」
「うそ!次、移動教室なのに!」
「急げ急げ〜」

明らかにふざけた様子で手をひらひらと振って私を見送るブン太を見ながら、思う。

(…書いて、みようかな)


「…うわー、本当に書いちゃったよ…」

昼休みになり、チョコを食べて(普通においしかった)、その包み紙に”丸井ブン太”と。
やってしまってから思う、恥ずかしい。

「…捨てようかな…」
「何を?」

四つ折にした銀紙を指で突きながらぽつりと呟くと、背後から声がした。振り返る。
ブン太だった。

「わっ!」
「わってなんだよ」

そんなにびびんなよ、とブン太が言う。私は、びびってないし、と言いながら例の銀紙を筆箱に隠した。

「で、何か用?」
「英語の教科書貸してくれぃ」

いつも置き勉するブン太が、と聞くと、珍しく持って帰ったら忘れたんだよ、と言われた。

「はい、どうぞ」
「サンキュ」

ガムを膨らましながらブン太は自分の教室へ帰って言った。


「…もう、最悪…!」

明日の朝は苦手な数学の小テストがあるというのに、教科書を学校に忘れてきてしまった。悪い点数を取ること自体はまだいいのだが、半分以下の点数だと補習を受けなければならないのだ。

(それだけは勘弁!)

夕陽が赤く染めるグラウンドには、帰り支度をしている部活生。教室に着くまでにも数人とすれ違った。
教室の鍵はまだ開いていて、ドアは開けっ放しだった。そこから教室へと入る。
一歩踏み出すと、夕陽よりも赤い髪が私の視界に飛び込んだ。

「ブン太、まだいたんだ」

話し掛けたが、ブン太の身体は微動だにしない。私に背中を向けたまま突っ立っている。不審に思った私は、ブン太に近付く。そこで、ようやく気付いた。
ブン太が立っている前の机が、私の机であることに。
そして、ブン太があの包み紙を手に持っていることに。

(え、もしかして、あれ…)

違いますように、と願いながら机をもう一度見ると、予感は当たり、自分の筆箱が置いてある。

「名前」

振り返り、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめるブン太。いつもと雰囲気が違うことに戸惑う。

「…なに」
「これ…本当か?」

開いた銀紙を私に突き付けてくる。やめてよ、恥ずかしい。

「…うん」

(…言っちゃった…)

楽しかった日々にお別れかもしれないと思うと涙が出そうになった。

「……や」
「え?」

ブン太がぼそっとなにか言ったような気がして聞き返した。

「やったぁぁあ!」
「え、わっ、ちょ…」

急に大声を出してガッツポーズしたかと思いきや、今度は私に抱き着いてきた。ふわふわの赤髪が顔に触れる。

「やったぜぃ!」
「なに、なになになに!?」

状況が読めない私には疑問付しか浮かんでこなかった。
次のブン太の一言でやっと理解出来た。

「俺も、だーいすきだ!」


これは後日談となる訳だが、あのチョコのおまじないはブン太のでっちあげで、私の好きな人を知りたいがためについた嘘だった。


(だって気になっちまってよー)
(でも勝手に見るのはひどいよ)
(まあ結果オーライじゃね)
(そうだけど)
(しかし紙見る時は緊張したぜ)

(俺だって臆病者ってことだな)



100927