二次 | ナノ


▼ 25

広すぎる城を、ハリーと静かに測りながら地図を描く。

「静かだな……」

一階の渡り廊下は柱の透かし細工から差す陽光によって華やかな影が落ちている。木漏れ日の揺れる所、光と影のコントラストと自分たちの音しかない静寂。方眼紙に線を書き込んでいたハリーが顔を上げた。

「たった一週間だけど、眠るとき意外は常に何かがあったからね」

「ああ、そうだな。」

たった一週間。無音に包まれて感じる淋しさに、言葉が息ごと喉に詰まった。

この世界に来てどのくらい経っただろう。今頃あちらはどうなっているのだろう。どうして帰りたいと思えないのだろう。……今更、だ。遅すぎる疑問を今更初めて感じたことに自分でも驚く。
この感覚の名前がわからない。懐かしさ、寂寞の思いと……

「ダリア?」

「ん、なんだ」

ハリーに呼ばれて返事をする。思考に沈んでいたかと内心少し焦った。

「いや……なんでもない。」

ハリーのエメラルドのような瞳が黒く長い睫毛の向こうに伏せられるのを、喉に絡まった言葉を飲み込んで眺めることしか出来ない。こいつのこの表情も、なんて呼べばいいのかわからない。その感情を知っているはず、なのに。



「こんなところで、何してる?」



唐突に掛けられた声に今度こそ肩が跳ねた。渡り廊下の向こう、石造りの柱の陰に佇む──スリザリン生か。無意識に足が一歩出た。

「何をしているように見える?」

ローブを意図的に翻して、ハリーの持つ方眼紙を取り上げた。肩越しにひらりと振ると、地図?という抑揚に掛けた端的な言葉が返される。

「どうしてそんなもの作ってる?」

「見てわからない?暇つぶしと実益を兼ねた作業だが」

もう一度身を反転させて、今度は声の主に歩み寄った。革靴の底が石畳を叩いて硬質な音が木々のざわめきの中に紛れ込む。
柱に背を預けてそこにいる人物を、私は一方的に見知っている。そう睨むなよ。やっと会えたんだから。

「今日はずいぶんと天気がいいな。気分がいいから、挨拶でもしようか」

勝手に口の端が釣り上がった。そいつが視線で人が殺せるなら私はとっくに死んでいるのかも知れない。突き刺さるほどに睨みつけられて、それでも私は足を止めない。おそらく不遜なまでに笑みの形に歪んだ口元も、直してやるつもりも無かった。

「私はダリア・ダーズリー。グリフィンドールの一年生だ。……さあ、名乗れよ。それとも、初対面の人間に挨拶も出来ないほど礼儀知らずなのかよ?」

煽る私の言葉に、ゆらりと影が蠢く。
日の光に晒されたのは、絹のような黒髪。そいつの動きに合わせてさらさらと音も無く揺れる。

「クロガネ。クロガネ・スズキだ。スリザリンの三年に在籍してる。」

記憶の中と同じ面差しが、覚えているよりずっと高い声でその名前を告げた。氷のように冷たい、作り物めいた美貌のせいで、性別もよく判らない。
やっぱり、そうか。落胆したような、ほっとしたような、おかしな気分でそいつに笑いかける。

鈴木鉄音。元の世界で、私の特別な存在である男とまったく相似の子供が、私の視界のなかで表情を嫌悪に染めた。

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