二次 | ナノ


▼ 23.参謀総長とトウヤ

一ヶ月後、やっとキリヤが目を覚ましたという知らせを受けて、シンクは廊下を急いでいた。

治療にあたり、キリヤの身体にはおかしな点が幾つも見付けられた。筋肉の付き方が、シンクの知るそれと異なるのだ。それに、もっと不可解な事に、彼女の腹には傷跡が存在しなかった。
だが、彼女はどこからどう見てもキリヤにしか見えない。
とにかく早くその疑問を解決する為に、話を聞かなければとシンクは殆ど駆けるように廊下を進んでいた。

キリヤの治療室は神託の盾騎士団本部の最奥にある。その距離がもどかしくすら感じられた。
やっと部屋の目の前に辿り着くと、扉の前に立つ兵がシンクを認めてそこを退く。

「キリヤ!」

医師と警戒態勢の兵士に囲まれて拘束具をつけられたキリヤが、ベッドの上で横になっている。シンクがその名前を呼びながら部屋に飛び込むと、彼女はきょとんとした表情でシンクに顔を向けた。

「だ、れ?」

知らない相手を見る瞳が、シンクを貫く。
呆然と立ち尽くしかないシンクに、ただその女は笑いかけた。

「みん…な、私、のこと、キ…ヤ、って呼、ぶね、わ…たし、ト、ウヤって、いうの…に」



キリヤだと思われていた女はトウヤと名乗り、キリヤという女の子とは知らないと主張した。
複雑化した事態に前提の条件が変わり、トウヤと名乗る女の取調べはシンクの手を離れ、リグレットに任される事になった。

「まず、改めて名を聞こうかしら」

トウヤがまともに話せるまでその回復を数日待ってから、リグレットはトウヤの治療室へと訪れた。
戸惑ったように微笑むトウヤは、キリヤと別人であるとはリグレットには思えない。だが、キリヤの調査で発見されたケセドニアの夫婦が、自分の娘の名であるとして挙げたのがトウヤ、というものだった。
もしかすると本当にキリヤとトウヤは他人の空似の可能性がある。その説に信憑性を持たせるのが、キリヤにある筈の腹の傷がトウヤには存在しないという点であった。面倒な事に、決して無視する事が出来ない程度には、その事実は重要なものだった。

「トウヤといいます。トウヤ・キリウクラウズです」

迷い無く答えられた名はケセドニアの夫婦の娘のそれと一致する。

「歳は」

「16、じゃない、17になったばかりです。」

医師の話によれば、彼女が最後に覚えていた日付はかなり前──キリヤがダアトに保護された前日であるという。16、と先に言ったのは半年以上の年月の実感がないからだろうか、それともリアリティを持たせるための演技なのだろうか……。

「出身は分かる?」

「ケセドニアです。キムラスカ側の」

それもまた『トウヤ』の情報に一致する。ボロを出す事は無さそうだ、と判断して、リグレットは質問を切り替えた。

「お前と共にアイリという娘が保護されている。知り合いかしら?」

この女がキリヤならば、この言葉に何らかの反応を示すだろうと思われた。だが、彼女は全く表情を変えずに首を横に振った。

「そう。では、自分が覚えている限りの経歴を話してくれないか。」

「はい。えーと、15歳までケセドニアにいました。11歳のころから傭兵ギルドのお世話になっていて、職業は傭兵です。15歳の時、バチカルまでの護衛の仕事でちょっと失敗してしまって、魔物の群れに捕まってしまって。で、運良く旅人に助けてもらったんですけど、この旅人に借金の肩代わりをさせられて、ケテルブルクで魔物狩りの仕事をずっとしてました。」

なかなか波乱の人生だな、とリグレットは心の中で呟いた。だが、目撃情報と彼女の語る話はきちんと一致する。

「ケテルブルクは唯一鳩の飛ばせない地域ですし、船便を使えるお金も無いので親には知らせられませんでした。今から一年くらい前にようやく借金を返し終わって、ケセドニアに帰ろうとダアトに経由の船に乗ってここまで来た……んですけど、そこから先が分からないんです。」

一連の答えに不自然な点は一つも無い。ただ、キリヤが存在する間の記憶が無いという点を除いて。

「分かった。あと一つ聞きたい。お前、南斗水鳥拳という拳法は使えるか」

「え?うーん、私は棍使いなので、拳法はよくわからないですね……」

これ以上は時間の無駄だと判断して、リグレットは席を立った。全くボロが出ないのだ。本当にキリヤとは別人なのかもしれない、と、その可能性を再確認することしかできなかった。

「……あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

おずおずとした控え目な声が、部屋を出ようとしたリグレットを引き留める。

「何だ?」

「どうして私、拘束されてるんです?」

「……我々は今、ある人物を追っている。」

「はぁ……もしかして、それが『キリヤ』ですか?」

「そうだ。……お前はキリヤに瓜二つなんだ」



トウヤには観察という処分が暫定的に下される事になった。無論、キリヤについてを知らないリグレットではその任までは務められず、トウヤに付けられたのはシンクであった。

「あ、君見たことある」

シンクが二度目に訪れた時、トウヤは彼を見てそう言った。邪気の無いその表情に、シンクはどうしようもない気持ち悪さを覚える。
一目で判る──この女はキリヤではない。

キリヤの目の奥には、この世界上の何処にも無いだろうとすら思える特別な『何か』があった。純真な瞳に、穏やかな表情に、それでも拭い切れないほどに乾ききったものがこびり付いていた。
シンクの憎む人間の醜さ、おぞましさの何もかもを知っていて、呑み込んでいた。

だが、目の前の女はどうだ。同じ顔をしているだけに、その決定的な差異はいっそ気味が悪い。

「私はトウヤ。よろしく」

──私はキリヤ。歳は19。いつかの日の声がシンクの耳に蘇る。

「あ、ねえ。君、名前は?」

「……シンク。」

「……なんか、苛立ってるね。『キリヤ』関係かな。そんなに私その人に似てるの?」

「同じ顔だよ。なのに、全然違う。」

気持ち悪い。まるで──、まるで、レプリカのようだ、……?

シンクは自分が内心で吐露した言葉に驚く。どうしてその可能性を抜かしていたのだろう?
レプリカ……フォミクリーを使って、劣化の代用品を作るその技術の事を。

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