二次 | ナノ


▼ 18.独りで追跡

この乱世、女と見れば直ぐ様飛びかかってくる奴の多さと言ったらない。
ローブのフードの隙間からチラ見せした顔に、蛾のように寄り集まるクズ共を引き裂いて、食糧を巻き上げる。

村を発ってから半月が経った。

その間、忘れようと決めた筈の、オールドラントでの記憶が何度も蘇り、私は半ばやつ当たりも兼ねて野盗や奴隷商人、ゴロツキといった悪党を引き裂いていた。
心が酷く乾いたような気がする。きっとレイさんがいないから──そして、シンク。あいつの裏切りのせいだ。

同じようにレイさんが傍らにいなかったあの世界で、それでも心穏やかにいられたのは、そこが乱世ではなく、アイリちゃんやそれを攫った外道が存在しなかったからだけではない。
またも失ってから気付いた事だけれど、シンクがあの世界での私の支えだったのだ。その事が、逆に私の苛立だしさを加速させた。

食糧を得るため、足として利用するため、時たま仮面をつけて、奴隷の運び屋の用心棒のフリさえした。だがどうしてか、檻に囚われた可哀想な人達に心が動く事は無くなっていた。
アイリちゃんやレイさんの情報を一応尋ねてから雇った側のクズ共も、人を商品として扱う外道も全て皆殺しにしたが、そのせいでわざわざ逃がしてやった奴隷の人に怯えられることも多々あった。

目つきが、血に飢えた猛獣のようだとさえ言われた。

ここへ来るまでの間、レイさんの足跡だと一目でわかるような惨劇の痕を何箇所か見かけた。レイさんにしては荒い拳が、アスガルズルに近付くにつれ殊更に惨い殺し方に変わっていくのが見て取れた。

私と同じ──、いや、私よりも酷く荒んでいる。

元々、私達が修羅の道に落ちなかったのは、お互いがいたからこそだった。アイリちゃんや、村の人達の命を奪われた乱世への憎しみは、ただでさえ容易く狂気へと繋がる。
お互いという最後の抑えが無くなった今、喩え何をしようと生き延びてアイリちゃんを取り戻すという誓いは、いよいよ獣じみた残虐さを帯びていた。



辿り着いたアスガルズル周辺は不気味な廃墟の街と化していた。
おそらくは元からこうなのだろうが、風に血生臭さが混じっている。砂に埋もれた骨片の他に、そこら中に真新しい死肉が散乱しているのだろう。どうやら、女王エバの死はかなりの動乱を呼んだらしい。

「う……うぅ……」

廃屋の物陰から微かなうめき声が聞こえ、私は足を止めた。声の方を窺って廃屋を覗き込めば、噎せ返る程に血の匂いが充満している。

「ぅ……ぐ……」

呻いているのは部屋の隅に蹲る一人の男だった。肩口から胸元まで裂傷が走り、右手と右足が無い。それから、鈍く光るプレートにはUDの文字。

「ユダ……?」

「うぅ……だ、れだ……」

喋る気力程度はあるらしい。その男の傍に寄り、プレートを確かめた。確かにユダのものだ。あのナルシスト野朗、マジでアスガルズルにも手を出していたのか。美しい女の集まる場所が狙い目とあれば放って置かないだろうとは思っていたけれど。

「何があったか言え。楽にしてあげるよ」

男が苦痛に顔を歪ませて呻く。最早自分の命がどう足掻いても助からない事を知っているのか、苦悶の表情を浮かべながらも男はなんとか口を開いた。

「く…ぜ、ぜ…めつさせ、れた……ろ、ロフウ、という男、に……ぐっうぅ……」

「何ッ!?」

ロフウ、と今コイツは言ったか。馬鹿な、そんな筈は無い。

父は死んだ筈だ。

なんで、ここで今その名が出て来るんだ?

「……う、うぅ……ゆ、ユダ…さま」

「……もういい。安らかに眠れ」

これ以上は情報を持っていそうにはない。私の手刀は躊躇いなくその首を斬り落とした。

「……なんか、強くなってる?」

村で意識を取り戻してからこちら、どうも自分の身体が以前よりも力強さを増した気がする。今までは手を広げて一回転くらいしなければ首を切り落とせるほど鋭利な手刀とはならなかったのに。

手を握ったり、開いたりしても自分の身体には違和感など何一つ無い。首を傾げたが、ここに何時までもグズグズと留まっている訳にはいかず、死体を置いて立ち上がる。
アスガルズルの入り口はもうすぐ目の前にあるのだ。

ざりざりと砂が靴底で耳障りな音を立てる。幾つかの廃墟の向こうに、アスガルズルを守る壁が聳えている。

「あれがアスガルズル……ん?門が開いてる?」

中は瓦礫が積もっており、アスガルズルが大規模な戦場となったらしいのはすぐに判った。唐突に出て来た父の名と、荒んだ心のまま進むレイさん、そしてユダの軍勢……何が起きてるんだろう?
逸る気持ちにあわせて門を駆け込む。その瞬間、鼻をつくような濃い甘い匂いがして、一瞬だけ息が詰まった。この匂い、娼婦の香水っ……?
思わず口元を抑えた私に、前方から一斉に矢が放たれた。

敵かな?

軽く上空に飛んで避けると、待て!と女の声がする。女?どういう事だろう。

ボウガンを構えた何十人もの女が一斉に立ち上がって姿を見せた。その中の一人、赤い髪に赤い瞳の、飛び抜けて豊満な肉体をした女が瓦礫に片足をかけて立つ。

「アンタ、何者だい?」

「レイという人を探してる。知らない?」

見上げた瞳がギラついたであろう事は自覚していた。

「レイを探してる……?
今の動き、確かにあの兄さんと同じものだったね。ってことは、兄さんかロ……いや、レイの関係者だね。残念だけど、二人共もうここにはいないよ。」

レイさんか、誰の関係者と言いかけたんだろう。……ロフウ?やはり、父がここにいるのか?生きているのか?

「何処へ向かったか知ってる?」

「ああ……。南へ行ったよ」

「南……?」

ここから更に南……駄目だ、ライドウの街からどの方向に移動したのかわからないから目的地に検討もつかない。赤髪の女を見上げると、女は私をじっと見返してきた。

「……ここへ来た時のレイと同じ目をしている。」

「なに?」

「……いいや!なんでもない。レイは同じ南斗の男、シュウとともに南斗聖闘殿に向かったよ。ロフウを倒し、私達の新しい女王を取り戻す為にね。
レイと同じ水鳥拳の使い手なら、ロフウの名はアンタも知ってるだろう?」

「え……」

今……、え、は?
レイさんが、ロフウを倒しに……?父を、……殺しに?
直ぐ様身を翻し、そこいらに転がっていたバイクを引き起こす。UDの文字が彫ってあろうが今はどうでもいい。
お願いだから、間に合って。何が起こってるのかは知らないけれど、二人のどちらかが相手の拳に倒れる前に。

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