二次 | ナノ


▼ 16.参謀総長の戸惑い

教団の前に倒れていた女を見つけ、その保護観察を担ったのは今にして思えば失敗だったと思う。
キリヤと名乗ったその女は、シンクの全てを狂わせた。



初め、真夜中の教団の目の前に倒れていた女を発見した時は、何事かと思った。
女は場違いな事に華やかなドレスに身を包み、しかし頭と腹に傷を酷い負っていた。特に腹部の傷は深い刃傷で、内臓まで達しているのではないかと一目で想像できる程のものだった。
直ぐ様シンクは部下を走らせ、この傷を付けた犯人を捜索させたが、見つかりはしなかった。

シンクは女の保護と監視を進んで引き受けた。
聖職として世間的には認知されている教団としては放って置くわけにもいかず、かといって、その女が只者でないことは明らかで、一般職員の元に置いておくわけにもいかなかったからだ。
そういった理由から、女は神託の盾騎士団の軍医のもとへ搬送された。



手当の一部始終を見ていたシンクは、その女の身体に少しの感動を覚えた。スラリとした長身の痩躯には、一切の無駄無くしなやかな筋肉がついていた。男女の性を超越した、一種の美がそこにあった。それを抜きにしても美しい女だったが、顔立ちの如何などシンクには一つも価値のないものだ。

女は驚異的なスピードで回復した。腹の傷に縫合を施術した翌日に医務室へ訪れた時にはその女は既に目を覚ましていて、シンクが部屋へ入った時、丁度目元の涙を拭っていた。

「……起きてる、まさか。あれほどの傷だったのに?」

驚きつつも、彼は内心で女に失望感に近い物を覚えた。あんなに見事な肉体をした者が、唯の女のように弱々しく泣いているのが、どうしてか、シンクにつまらないと感じさせた。

「だ、れ」

「アンタこそ、どちら様?」

シンクは白けた気分で聞き返したが、返事が帰ってくることは無かった。女は苦悶の表情を浮かべながら気を失っていた。



女は名をキリヤと名乗り、齢を19、人探しをしているという事しか喋らなかった。本当に記憶喪失で喋れなかったのかもしれないが、そんな事はシンクにとってはどうでもいい事だった。
キリヤは大人しく養生を続けていたし、日に日にその肉体は衰えて、シンクがつまらないと思った単なる女の体へと柔らかく丸みを帯びていった。

だが、彼女の内面が新たにシンクの興味を惹いた。

彼女は具体的な地名や人名を出す事は一度も無かったが、人探しの旅の様子は曖昧ながら話す事はあった。
雨ざらしの中に寝ていたようだったし、口振りからして人を手に掛けることに何一つ違和感を感じていないにも関わらず、キリヤの性格は穏やかで、情に厚く、下卑た行いを許さない強い正義感を持っていた。奇妙な女だったが、シンクにとっては珍しく、好ましいと思える存在だった。

監視を持続する必要性があると詠師会は判断したため、キリヤが退院しても引き続きシンクは数日毎に彼女を尋ねた。
そのうちキリヤがリハビリで歩く範囲を広げるようになると、シンクは彼女の行動範囲の廊下で待ち構えるようになった。パターンさえ掴めば容易いもので、部屋まで移動する時間をキリヤとの会話に充てる事が出来るようになった。

半年もすれば、本当にキリヤは何の面白みもない女の身体になっていた。
本人は既に健常者と変わらない程にまで動けるようになっていたが、彼女は一向にあの見事な肉体を取り戻そうという素振りは見せなかった。

失望感から、いっそ騎士団に入ればと軽口に見せかけて放った言葉は皮肉の筈だった。
彼女は最初渋っていたが、シンクが何気無くはなった一言に、ふと意見を変えた。

勿体無い、とシンクは言った。彼が彼女の力を惜しんだのは、確かにキリヤの心を動かしたらしい。それは、不思議なほどにシンクの心を満たした。
シンクはいつの間にか自分の事や七番目のレプリカのこと、そしてヴァンの企む計画について考えないようになっていた。



士官学校に入学したキリヤは、ほんの一ヶ月程で凡庸な訓練兵とは一線を画した存在になった。女の身でありながらその力に対する欲求は凄まじく、他の訓練生の何倍もの訓練を自主的に自らへ課していたが、それを当然のものとして捉えているのも彼女の面白みの一つだった。
キリヤの語る彼女の拳法、南斗水鳥拳については疑惑があるものの、彼女の特殊な体捌きやその確信を持った体得法の説明から、その存在は明らかなものだった。

だが、時が進むにつれて彼女の言い分が信頼性のあるものになると同時に、彼女と彼女の語る存在そのものはどんどん疑わしくなっていった。

半年程経った頃だろうか。キリヤの人相書きを教団の名の下に世界中に出したところ、そのような名前ではないが、二年前から行方知れずになった娘に似ているとケセドニアに住む夫婦が名乗り出た。彼女達はキリヤの身体的特徴を詳しく言い当て、なにより女の方はキリヤに瓜二つだった。

だが、その夫婦によれば、キリヤは傭兵業をしていたものの棍の使い手であって、拳闘士ではなかったという。夫妻は南斗水鳥拳なる拳法には一切心当たりが無いと言った。
さらにキリヤの言葉と食い違う点が出てきた。キリヤは歳を19だと言ったが、夫婦によればまだ17になる直前の筈だという。幼馴染だと言っていたアイリとレイという名前にも首を傾げて、結局、キリヤにはスパイの疑いがかけられる事となった。

だが、シンクは全く納得がいかなかった。
誰よりも長くキリヤを見ていたのがシンクだ。彼女が自分達を欺いているとは思えない、というのが彼の信じるところだった。


しかし、彼が望む望まないに関わらず、事態は急転を迎える。


長くダアトを留守にしていたヴァンは、帰ってくるなりキリヤの処分を決めた。ヴァンの手元に大人しく収まるならば彼女の監視を継続するが、断るならば始末するという。
その時シンクは、何も言えなかった。

シンクは討伐任務から戻った彼女との会話の中で
彼女がアイリを攫った男へ向けた激しい憎悪を見てしまった直後だった。もし念じるだけで人を殺せるならば、相手の男は既に無残に死んでいるに違いないと思える程のそれ。
もしも、キリヤの狙いが復讐だとしたら?

シンクの心中には一つの仮説があった。アイリというのは偽名で、その女がキリヤの大切な人だったとして。それがもし、教会の秘預言によって攫われるなり殺されるなりしているとしたら?
胸に七つの傷を持つ男というのが、教会の上層部の人間、あるいは教会そのものだったとしたら。



結局、シンクとキリヤは死闘を繰り広げる事となった。

シンクは殺されかけたが、あの高さから海へと跳んだキリヤも生きてはいないだろうということになった。
そうして、シンクはキリヤという女を失った。

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