二次 | ナノ


▼ 14.参謀総長と死闘

「そうか……。」

ヴァンは悲しげな表情で俯いた。だが、警鐘は鳴り止まない。何か空気が可笑しい。何が起こっている?

「残念だ、キリヤ」

クツリ、という小さな笑い声が聞こえた。

反射的に横へ飛ぶと、半瞬遅れて立っていた場所に音素弾の連撃が撃ち込まれた。視線だけでなが起こったのか把握する。リグレットに撃たれたようだ。
着地の余韻もそのままに更に地を蹴る。飛び込んで来たシンクの放った、音素をまとった拳が頬を掠った。

私は迷わず窓をブチ破って外へ飛び出した。

「逃がすな!」

ヴァンの怒号と共に、シンクの詠唱破棄のタービュランスが迫る。だが、その気圧なら……!
第三音素が収束した高圧の空気を蹴って逃れる。
水鳥拳の極意を、出来もしないと切り捨てないでおいた努力が報われた瞬間だった。レイさんみたいに単なる水面や本当に何もない中空ではこうは行かないけれど。

そこへ、パダミヤ大陸には居ないはずの魔物が飛来するのが見えた。教会の上空に魔物──第三師団のアリエッタ師団長まで絡んでいるのか。師団長を惜しみなく三人も向けてくるとは、随分な念の入れようだ。

シンクの様子がおかしかったのは、私の選択によっては私を始末しなければならないという状況に立たされていたからだった。友と呼べるほどには気安くなったと思っていた、それだけに、この裏切りが虚しく感じられた。
ただ、おそらくは私欲のためにヴァンがシンクらを動かしている事はごく簡単にわかった。

シンク──友と信じた男の仕打ちに、怒りで身体が震える。

私を爪で裂こうと舞い降りてくる青い巨体、フレスベルクを迷い無く切り刻む。何時もなら避ける返り血を全身に浴びた。
噎せ返るような血生臭さと生温い温度に否応無しにレイさんと共に駆け抜けた死闘の記憶が叩き起こされる。

「フレス!よくも!」

アリエッタの放った譜術が弾ける前に、ほとんど感覚だけでその高濃度の音素の塊を足場にした。先程よりも身体が上手く指示に従い、より高く体は飛び上がる。

「──っははは!まさかこんな方法で究極奥義を体得するとはね!」

次々に襲い来るグリフィンの上位亜種を足場に、手当り次第に引き裂いては血を浴びる。とても残虐に気分は高揚していた。

「裏切りは容易く人の心を壊すらしい」 

どこか他人事のように冷静な呟きが溢れた。
血の雨とともに地に落ちようとする私を、あの金色の仮面越しにシンクが見つめている。怒りが脳を焼いた。

「シンク!貴様は私が殺すッ!この手で必ず八つ裂きにしてやるからな!!」

私の渾身の叫び声が、シンクにまで届いたのかはわからない。だが、それきり私はその男へ視線を向けるのをやめた。
今はパダミヤ大陸から出なければならない。他はともかく、ヴァンには勝てはしないだろう。



私は迷わず人も魔物も踏み込まない、ダアトを囲む高山地帯へと走った。切り立った崖だろうと、この足には大した障害にはならない。
身軽に絶壁を駆け上がると、追手のグリフィンが丁度良く足場代わりとなった。

問題があるとするなら、シンクたちが追ってくる可能性と、それから海をどうやって渡るかという事が問題だった。
このまま行けば昨日ラルゴから伝えられた通りラーデシア大陸に到着できるが、生憎と遠泳はした事が──いや、ある。前世でやった覚えがある。
いけるか?やるしかない。

高い崖の頂きが見えた頃だった。突然第三音素が頭上に収束する。もう追い付かれたのか。
迷わず譜術と化す前の高密度の音素の中に手の平を付いて飛んだ。崖の出っ張りへ着地した瞬間、眼窩で雷の剣が轟音と共に白紫の光を放つ。
躊躇いのない上級譜術のサンダーブレードにごくりと喉が鳴る。
そこへ留まっている暇は無かった。再び強く地を蹴ると、そこへまた別の譜術が放たれる。だが、もう断崖の頂上はすぐそこだ。

「待て!キリヤ!」

私がそこへ降り立つのと、グリフォンの亜種に乗ったシンクが追い付いたのは同時だった。

「まだ間に合う!戻ってヴァンの配下になりなよ!」

「黙れ!この汚ぇ裏切り者の腐れ外道が!
そんなに死にてえのなら今!死ぬがいい!」

全力を持って振りかぶった拳は斬撃と化した衝撃波となってシンクへと真っ直ぐに襲いかかる。
シンクは乗っていた魔物を足場にし、私と同じように跳んだ。固く握り締められた拳が私の肩を抉ろうと全体重を乗せて突き出される。それが触れる前に、私は後ろへ跳んだ。

「キリヤ!アンタを殺したくない!」

「私は貴様を殺してやりたい!」

お互いの拳が互いを討ち倒そうと高速で組み交わされる。だが、決定打が入らない。私の指先を警戒して受け流すシンクと、シンクの音素を纏わせた拳を受け流す私は、まるで演舞のようにその技を打ち合う。
だが、ずっとそうしてもいられない。

「「はあああぁぁっ!!」」

お互いに決着の一撃を叩き込もうと跳んだのは、全くの同時だった。

「これで……終わりだぁああッ!アカシック・トーメント!!!」

光となるほど膨大な音素を纏わせた拳をシンクが振りおろす。だが、その一撃が当たる前に私の両の掌は空気の面を叩き、一際高く舞い上がった。
呆然と私を見上げたシンクの顔は結局最後まで仮面に隠されたままだった。

「南斗水鳥拳究極奥義!飛翔白麗!!!」

私の全ての力を込めた手刀をシンクの両肩に叩き付ける。その瞬間、頭上に展開した譜陣から光の槍が降り注いた。

「ぐああぁぁッ!」

鋭利な第六音素の塊が私の全身を切り裂き、シンクの体を引き裂こうとしていた手刀は浅く斬撃を与えるだけに留まった。

「が……はっ……」

血を吐いてガクリとシンクは崩れ落ちる。やったか?

「シンクッ!!!待てッキリヤ!」

譜術を放ってきたリグレットが駆け寄って来るのを認め、牽制としてそちらへ最後の足掻きと衝撃波を放った。

震える足を叱咤して、走る。
そうして私は、崖の端から海へと身を踊らせた。

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