二次 | ナノ


▼ 13.兄弟子と夢で逢瀬

ふと気が付くと、私は暗い闇の中に佇んでいた。奇妙な程現実感が無い。ここはどこだろう?まさかまた異世界に来てしまったのだろうか?
その割に、おかしな事があった。自分の身体が視認できるのだ。光源が無いのに、不思議な現象だ。

そこで違和感に気づいた。私は士官候補生としての制服ではなく、あの世紀末で好んで着用していた服を身に纏っていた。この服はあちらの世界に置いてきてしまった筈なのに、どうして?
何が起こっているかも解らず、急に周囲の暗闇に不安を感じた。

闇雲に手を伸ばす。自分以外が無であるように感じられるのに耐えきれなかった。
探るように空を切った手。
それが突然がしりと掴まれて、私はビクリと肩を跳ねさせた。悲鳴は喉の奥で絡まって音にならない。

「……キリヤ」

闇の向こうからくぐもった声がして、私の体は全く動かなくなった。

今の、

「レ…イ、さん……」

息が詰まるほど苦しい。それは私が心の底から望んでいた声だったけれど、同時にこれが単なる夢だと思い知った。ただの、私の願望。

「レイさぁん……」

故に私は容易く涙線を決壊させた。喩え子供のように泣こうと、これは夢なのだから一つも問題は無い。
私の手を掴んでいた大きな手が、ぐっと私を引き上げる。小さい頃と同じように、その逞しい腕が私の肩を包み、温かな掌が私の頭を撫でてくれた。

都合の良い夢だ。レイさんが冗談以外でこんな風に私に触れる事など、もう絶対に無いのに。

それでもただ心地よくて、大人しくその胸に頭を預けた。夢の中でくらい許される筈だ。幸福感に顔が勝手に緩んで笑顔になったが、眦からは涙がぼろぼろと止めどなく流れてゆく。

「レイさん……会いたいよぅ……」

吐露された本心に引き摺られて、嗚咽が漏れた。しゃくり上げる私の肩を、レイさんの両手が力強く包み込む。

「絶対に助けてやる。待っていてくれ、キリヤ」

反射的に顔を上げた瞬間、右手首を何かに掴まれた。驚いて顔を向けると、そこには闇が巻き付いている。何が起こってるの?

「あっ!」

その闇が私とレイさんを引き剥がした。引き摺られるようにして右手首から闇の中に自分の身体が飲み込まれていく。やだ、なに、やめて!

「やだっ、レイさん!!」



その瞬間、世界は色を取り戻した。目の前には鮮やかな金と深い緑色がある。私の右手首を掴んだシンクが仮面越しに私の顔を覗き込んでいた。

「……目、覚めた?」

ばくばくと音を立てる心臓と、息苦しさに早まる呼吸音、頬を伝った涙の冷たさ、その全てがここを現実だと痛いほどに突き付けてくる。

「……シンク?」

半ば呆然とその名前を呼ぶと、シンクはただ無言で頷いた。周囲は見慣れた自室で、窓から差し込む光は早朝の薄暗さを未だ残したまま。

「叩き起こして悪いね。主席総長のヴァンがアンタを呼んでるんだ。一緒に来てもらうよ」

どうしてか冷たい硬質な声でシンクがそう告げる。そんな声を聞いたのは久々だった。先程の夢と混ざり合って、頭が混乱しているのか状況がよく呑み込めない。

「どうして私を?」

「さあ、知らない。直接ヴァンに聞いたら」

突き放すようなシンクの返事に少しだけ怯む。何なんだ、私何かシンクにした?

寝間着のまま主席総長に会うわけにもいかないので五分だけ貰って制服に着替えた。夢の中で自分が普段着ているはずの服、という認識が既にこの制服であるのが私を何とも言えない気分にさせた。
溜息が出そうなほどげんなりしながら、適当に髪を撫で付けて、部屋を出た。

「お待たせ」

「時間無いから、とっとと行くよ」

今日のシンクは本当にひたすら冷たい。まじで何なんだ。真意の見えない態度に私の方も腹が立ってくる。
会話を振る事も無しに黙々とシンクに付いて階段を登った。主席総長の執務室は彼が詠師を兼任するため地上の教団本部に位置している為非常に遠い。朝日がすっかり登りきった頃、ようやくシンクが足を止めた。

「ここだよ。……ヴァン、連れて来たよ」

コツコツと部屋をノックしてシンクが中へと声を掛けると、入れ、という涼やかな女性の声が帰ってきた。主席総長のヴァン・グランツは男だった筈だが。
はて、と首を傾げたが、ドアを開ければすぐにタネがわかった。なんてことは無い、ヴァンの補佐を兼任している第四師団の師団長、リグレットが返事をしただけだったらしい。

ヴァンは書類にペンを走らせていたが、私が入室すると顔を上げ、仕事を中断した。その顔に胡散臭い笑みを浮かべたのが、私の警鐘を鳴らした。こんな顔して笑う奴にロクなのはいないというのが、私があの殺伐とした世紀末で培った経験則だ。

「士官候補生として訓練中のキリヤだな?」

「はい、そうです」

「とても優秀だという評価を聞いている。第一師団長のラルゴから君の戦闘技能や魔物の追跡に関する高い評価の報告を昨日の夜に受けた。
それでだが……君に持ち掛けたい話がある。士官学校を今すぐ卒業して、現在空位になっている導師守護役の首席に着いて欲しいのだが、どうかな?」

導師守護役とは、長期交代制で導師の護衛に付く役職の事だと習った。その選考基準を考えると基本的には飾りに近い。見目の良く導師に近い年齢の女子が基本的には選出されるからだ。
中には士官学校や幼年学校といった訓練兵としての期間を終えてすぐに配属されることすらある。

「……えーと。多分シンク謡士から報告が上がっていると思いますが、私は事情があって士官学校の座学を飛ばす事が出来ません。なので、即時卒業は無理です。」

「貴様、閣下のお誘いを断るつもりか?」

横に控えたリグレットから叱責に似た調子の厳しい声が飛んだ。まるで咎めるようだ。

「はい、そのつもりです。士官学校に入ったのも第五師団への入団を考えての事でしたし、導師守護役へ希望を出した事は無いので」

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