二次 | ナノ


▼ 12.第一師団長と魔物狩り

「来たぞ!」

ラルゴが鋭く咆哮した。その大鎌がどっしりと構えられる。私も腰を下ろして飛来するエルグーダの群れを睨んだ。

二手に別れ、弾丸のように突っ込んでくる二体のエルグーダに、地を蹴って飛び上がる。舞うようにくるりと宙で回り、エルグーダに指先から衝撃波を喰らわせる。
エルグーダは少し飛んだ後、分解されるようにして空中でバラけて死んだ。南斗水鳥拳の技の中でも最も美しいとされるうちの一つ、母が最も得意とした女拳の奥義、飛燕流舞である。レイさんや母程の技量の無い私では二人のように魅せるまではいかないものの、十分に使える奥義だ。

続けて突っ込んできたエルグーダの二体目の翼を掴み、反動を利用して回転、更に高く飛ぶ。落ちる瞬間にその両翼に手刀を落として根本から断ち切っておけば、そいつはコントロールを失って崖の絶壁に激突して音素に還った。
飛翔白麗もどきの動きだが、空や水を掴んで飛ぶことのできない二流の私では本当に単なるモドキでしかない。究極奥義であるこの技を使えるのは、男拳と女拳の両方を習得したレイさんだけだ。

さらに崖の壁面を蹴ってラルゴの方へ飛ぶ。残る一体がラルゴの大鎌を避けて空中に逃げたところへ、広げた両手を抱え込むように振り抜く。真空の刃と化した衝撃波がエルグーダを力強く引き裂いた。

そのままくるんと回転して勢いを殺し、地面に降り立つ。

「終わりっ」

いつもの癖で怪我がないか身体のあちこちを確認して、怪我もありません、と顔を上げてから、そこに立つのがレイさんではなくラルゴであることに気づいて、あ、と気持ちが萎えた。

「美しい拳技だった。見惚れてしまったぞ」

「……はぁ、どーもありがとうございます。」

突然落胆した様子を見せた私に、ラルゴが不可解そうにどうした?と声を掛けてくれたが、私の気分は沈んだままだった。

「いえ……。私の拳は、兄弟子や父母に比べたら二流もいいところです。本当はもっと美しいものなんですよ……」

「キリヤ、そう気落ちするな。上を目指すのは良い事だが、実際にダアトではお前の技量は一級の域に入るのだぞ。あのシンクを相手に先に一撃を入れて引き分けたと聞いた。」

どうやらラルゴは上手く勘違いしてくれたらしい。私が落ち込んでいるのを、自分の拳の出来をレイさんや母のものと比べてあまりの不出来さを嘆いていると思っているのだ。
実際は私は母が天賦の才を持っていたことを知っているし、レイさんとはそもそも男拳を使えるか否かという大きな隔たりがある事を知っている。きちんと自分の能力を把握しているので、それに気分を悪くする事など無いのだが。

「いいか、あのシンクはたった二年であの地位にまで登り詰めた天才なのだ。それと引き分けた事をもっと誇ればいい。」

「いえ、私の拳と違って彼はまだまだ強くなりますよ。すぐに追いつかなくなると思います」

その反論は一生懸命私を慰めてくれているラルゴも承知していた事実だったのか、彼はぎゅっと渋面を作って黙り込んでしまった。



帰りの道中が陰気臭くならなかったのは、ラルゴが気さくにも第一師団長の任務であった笑い話を幾つか語ってくれたからかもしれない。第一師団も楽しそうだな、と思わず零すと、幾らでも借り出してやるぞと軽く返された。

「シンク、今戻ったよ」

「お帰り。報告書はラルゴが書いてくれるけど、アンタも一応書いて僕に提出してね。士官学校の方に報告上げとかないといけないから。」

「了解」

簡潔な支持に短く返事をして、気の早いことに既に用意された私のデスクに腰を下ろす。戦闘よりも移動に疲れた。やれやれ、と思いながらシンクに手渡された報告書の紙を机上に広げる。

五分ほど経ったろうか。
コーヒーを啜って書類の記入をしていたシンクがふと顔を上げた。

「そういえば、アイリとレイだっけ?アンタの探し人」

「えっ?あぁ……うん。そうだよ。」

唐突な質問に気の抜けた声を出してしまうが、最早シンクが私に呆れる事はなかった。もう流石に慣れたのかもしれない。

「一応情報部に捜索依頼を出すから、特徴を教えて欲しいんだけど」

「あー……」

この世界には絶対にいない人たちだけど、ここで断ったら不自然過ぎる。気は引けるけれども、二人の外見の特徴を素直に伝える事にした。

「レイさんは今23歳くらいの男の人で、身長はシンクより頭一つ分以上高いくらい。かなり筋肉がついてて、流麗な黒髪と青い瞳のすんごい美人。南斗水鳥拳の伝承者だから強いよ。
それからアイリちゃんは、今はもう20歳になったかな。綺麗な金髪にレイさんとおんなじ青い瞳のこれまた美人さんなんだよ。あぁでも……」

今はどうしているのだろう。奴隷として売り払われた事は既に掴んだが、その行方は一向に解らず、手当り次第に探すしか方法がなかった。どんなに酷い目にあってしまっているのだろうか。ライドウのねぐらの地下、惨たらしい陵辱に悲鳴を上げていたアイリちゃん似の女性の姿が脳裏を過る。
握っていたペンがバキリと折れた。

「どうしたの?」

驚いたシンクがそう声を掛けてきたけれど、胸に七つの傷を持つ男への殺意と憎悪が腹の底で首を擡げた状態では、何でも無いとは言えなかった。

「アイリちゃんは攫われたんだ。どれだけ酷い目にあっているかと思うと……」

折れたペンが最早単なる破片となるくらい、私は怒りで昂ぶっていたらしい。

「そのアイリって女の方を優先的に捜索するように言っておく。
その報告書は明日でいいから、もう部屋に帰って休んだほうがいいよ。」

粉々になったペンに、珍しく動揺を含ませた声でシンクがそう付け加えた。

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