▼ 10.参謀総長と試合
普段私の使っている訓練生用の修練所をシンクは使えない。その為、手合わせは一般兵用の第一修練所で行うことにした。
「あっ、参謀総長!」
「本当だ、師団長だ……!」
「ちょっとスペース開けてくれない?使うから」
どよめく場内にシンクの高い声が通る。すると、兵士達はざっと引いて中央にだいぶ広いスペースを開けた。うーん、出来れば壁際が良かったけど、まぁ、いいか。
「先の一撃はアンタにやるよ。さぁ、どうぞ」
余裕綽々と言った様子でシンクがゆったりと構えを取る。油断していて死んでも知らないからね。腰を落として地を蹴る。
「速い!?」
観衆からどよめきが上がった。
クロスさせた手刀を振り下ろして胸を裂、違う、打つだけにしないとシンクが死んでしまう、打とうとすると、それより速くシンクの膝蹴りが突き出てきた。予想の範囲内。その膝に左手を付いて更に高く空中へと上がる。
一回転してかかと落とし──そういえばこれ、レイさんに教わった動きだったっけ──も、クロスさせた腕でガードさせる。
反射的な動きが物凄く速いな、シンクは。だが、速さは南斗聖拳の真髄でもある。
ガードされた反動を利用して更にくるりと宙で回り、シンクの背後を取る。その瞬間横殴りの肘打ちが飛んできたので、張られた肘に右手を付き、その動きを利用して飛んで距離を開けた。
「す、凄え……何だあの動き」
動きだけだ。思ったよりも拳が使えなくて攻めあぐねている。だが、拳を使ったらシンクを引き裂いてしまう。どうするか……。
「ねえ、それ、本気でやってるの?」
「いいや。本気でやったら相手を殺してしまうような拳だから、どうしようかと思って。」
困ったな、とへらりと笑えば、シンクからとても鋭い殺気が飛来した。
「いい度胸だね……本当に!」
次はシンクが飛び込んでくる番だった。顔面を狙った右拳の突きを避け、その肩に左手をついて体重を掛ける。浮き上がる身体を左手を軸として回転させ、遠心力を乗せた右膝蹴りをシンクの無防備な背へと叩き込んだ。
「ぐぁっ……!」
吹き飛んだシンクに人垣が割れる。躊躇わずに追撃の為に地を蹴った。壁際で姿勢を直したシンクに迎撃されるが、迷わず飛んでその頭のある所に両の指先を振り下ろす。勿論シンクは避けてくれた。だが、私の目論見通り、私の指先はビシャッという硬質な破砕音と共に壁にその爪痕を遺す。
「はっ!?」
「な、何だあれ!?」
手を振り下ろした反動でまた高く飛び上がり、下にしゃがみ込んだせいで動作の遅れたシンクの肩口に宙返りからのかかと落としを打ち込んだ。
ドッ、という嫌な音と共に、シンクが床に叩きつけられる──筈だった。
「!?」
ゴウ、と耳元で風が唸る。大気の刃が竜巻のように私を絡め取り、ズタズタに切り刻まれる。
「ぐッ……!」
衝撃で動けず、床に叩きつけられたのは私の方だった。今のは、この世界の魔法に位置する譜術というものだ。
中級譜術を間髪入れず、しかも詠唱を破棄して撃ち込んでくるなんて、その師団長の座は伊達じゃないらしい。
「あー、疲れた」
「……僕ももう疲れた。引き分けだね」
私は床に寝転んだまま、シンクは壁際に座り込んだまま、そこで試合は終了した。
ワッと沸き起こる観衆からの歓声を一切無視して立ち上がり、シンクと共にさっさと修練所を去る。引き分けとはいえ、負けた気分だった。
「あのさ、あの壁を割いたのが本来のアンタの拳の威力なの?」
「そうだよ」
珍しい事に、シンクは私を彼の部屋へ入れてくれた。何やら赤いグミを二、三個渡されたが、これが回復アイテムのアップルグミらしい。内服薬で体力が回復するなんて、世紀末でも無かった事だ。
「……アンタの言葉がなんの冗談でも無い事が良くわかったよ。足技を使ってたのは僕を殺さない為?」
「うん。私の拳は殆ど手業ばかりなんだ。突けば貫通するし、手刀を落とせば切れる。南斗聖拳の拳は殆ど斬撃なんだ」
「それで動きがぎこちなかったんだね」
シンクが納得したように頷く。
「でもシンクも音素を纏わせなかったよね」
「あのね、一応訓練兵相手にそこまで出来ないんだけど」
今度は私がなるほどと頷く番だった。
お互いがハンデをつけての試合だったが、そうでなければ単なる殺し合いになってしまう。無為な殺し合いはちょっと遠慮したい。
「でも、アンタのあの動きはちょっと真似できそうにないな」
「あー、それを簡単にやられたら南斗水鳥拳の意義が無くなっちゃうからね。あ、でも私半人前なんだよ。」
なんとはなしに付け加えた最後の言葉に、シンクはガタリと身を乗り出してきた。え、なに。
「半人前だって?アレで?信じられない」
「いや、うん。私伝承者じゃないし。兄弟子は伝承者として認められたけど、それはもう強くて……」
「最早それは人間なの?」
シンクの突っ込みに、いつだったか助平なゴロツキ相手に「俺の動きは人間では捉える事は出来ん!」と言っていたレイさんを思い出した。
何とも言えずに、曖昧に笑い返すしかなかった。
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