二次 | ナノ


▼ 07.参謀総長と決意

この世界の時間で一ヶ月半が経った。傷は綺麗に塞がって、医者が本当に驚いていた。
私はとしては結局一ヶ月半はかかるのか、と思った程度だった。元の時間では三ヶ月だ。私にしては長く掛かった方である。いや、こんなものなのかもしれない。

レイさんは旅の最中私の怪我に気を使ってくれていたものの、修行中は生傷も大怪我も絶えなかったのは他の弟子たちと同じだ。もう慣れっこだったし、普通の人間よりは回復も早い。

そんな事よりも、一ヶ月半も動いかしていない身体が南斗の拳を使えるのかが不安だった。リハビリをして鍛え直さないとと思う気持ちと、そのまま捨てて普通の女になってしまえという気持ちがせめぎ合う。
その度に脳裏を過るのは、女性が闘いの舞台に立つことに否定的なレイさんだった。
私はアイリちゃんを取り戻すためだけ、しかも一応妹弟子で師の娘であるから一時的に戦士として認められていたようなものだ。伝承者まで今一歩及ばないものの、それなりには拳は使えるわけだし。
女は自分の幸せのことだけ考えていればいいんだ、というのが元来のレイさんの考え方である。それはおそらく、拳を極める道よりも父の妻であることを選んだ母の存在も影響しているのだろう。

そんな訳で、傷の完治を医者から伝えられて、久々に地に足をつけた時によろけてしまったのは、やはりショックだった。私達の拳は足捌きが命であり、足が動かなければ殆ど使い物にならないのに!

「嘘……」

「ちょっと、アンタ大丈夫なの?」

医者が診察するときは必ず横にいるシンクが私の腕を引き上げる。こんな細腕で引き上げられてしまうなんて、一体私の身体はどれほど弱体化してしまったんだろう。

「あ、ああ……ごめん。身体がこんなに動かないなんて思ってなくて……」

「先ずはリハビリが先決だね。生憎と怪我は治ったから医務室からは退去してもらわなきゃならないけど、教団内の滞在室を一室アンタに割り振るよう話はつけてあるから。最低の部屋だけど構わないよね?」

「雨風しのげるなら充分だよ。ずっと野宿だったし」

「なんでそういう変な所ばっかり覚えてるんだ……」

シンクが溜息を飲み込んでぶつくさ言う。これはもうほぼ毎日のお決まりになっていた。
レイさんもシンクもどうしてそう私に溜息をばっかつくんだろう。私何かした?本当に失礼しちゃうな。

シンクの手を借りて立ち上がり、医者に礼を行ってシンクを促す。私の部屋は何処にあるんだ。

「こっち。案内は後で、まともにアンタが動けるようになってからしてやるよ」

「それはどーも」

言えた義理ではないが、シンクの毎度毎度刺のある喋り方は好きではない。その硬質な喋り方はあの世紀末には殆ど存在しなかった。どちらかといえば前世の他人に無関心な人間関係が思い起こせて少し嫌になる。

平和だけど、人と関わりが薄く茫洋としていたあの世界と、動乱の最中、いろんな人間が友になり、或いは強敵となるあの世紀末世界。私はどっちに居たかったのだろう。どちらも失ってからその尊さも、醜さも分かる。

時たまよろけそうになりながらも壁を伝ってゆっくりと移動する。すっかりナマクラになってしまった気分だった。
筋肉も体力も落ちて、下手をすれば体に染み込ませた拳の型も失われてしまったかもしれない。

ようやく部屋に辿り着いたのは、のろのろと三十分以上歩いた後だった。



リハビリ中は身体がまともに動かない事に物凄いストレスを受けた。シンクは相変わらず頻繁に私の様子を見に来る。無様な姿を見られるのはあまり気分のいい事ではなかった。

一週間以上歩行訓練をして、ようやく身体の感覚が戻ってきたように思える。当たり前のように今までどおり筋トレを行おうとして、しかし普通の生活にそんなもの必要ないんだと思い返して止めた。
今の私は何のために拳を振るえばいいのか分からず、したがって自分を磨く意義も見いだせなかった。

「大分動けるようになったんだね。」

「お陰様でもう日常生活に支障はないよ」

リハビリを兼ねて廊下を散策する日々がずっと続いており、シンクによる定期的な様子見は偶然の遭遇によるものが大半を占めるようになった。
大層な役職に付いているだけあって実はシンクは忙しい。正直に言えば私にちょくちょく会いに来る事すら億劫な筈だが、面倒そうにはしてても私の監視を無くす気は全く無いようだった。

「毎日ここまで上がってきて、面倒じゃないの?」

オラクル騎士団とやらの団員の居住エリアと教団とやらの職員の居住エリアは地上と地下で重なってはいるらしいものの、普段シンクがこの日中の時間に居るのは本部と呼ばれるエリアである。居住エリアは階段でつながってるとはいえ、かなり距離があるのは間違いなかった。

「面倒だよ。いっそ君、神託の盾騎士団にでも入れば。そしたら僕の師団の執務室に入れてやるから」

「騎士団なんて無理だよ、戦えないし」

「嘘つき。あんなに見事な筋肉をつけていて、戦えないは無いだろ。僕は一応拳闘士なんだ。ひと目でわかったよ。アンタはかなりの実力者の筈だ。」

あれ、バレバレだったか。内心舌打ちをしたものの、いや、と首を横に振った。

「筋力も体力ももう落ちてるし、使える様になるまでどのくらい掛かるかわからないよ。身体が動きを忘れてしまった可能性が高いしね。
私の拳は足捌きが最も重要なんだけど、足の筋肉は落ちやすいから」

「ふぅん。勿体無いなぁ……」

勿体無い?ああ……そうかもしれない。

何気なくシンクはそう呟いたのだろう。けれど、それはぐずぐずと迷う自分の心に確かに深く突き刺さった。

ここには私の拳を惜しんでくれる男がいる。
ならば、私が取るべき道は一つだ。

「わかった、鍛え直すよ。さっき言っていた師団入りを本気で提案したならそうして。多分そっちのが手っ取り早いだろうから。仮にも戦闘職なんだろう?」

「アンタ、それ本気で言ってるの?」

シンクが驚いたように聞き返して来たのにしっかりと頷く。何かを完全に失ってから惜しむのはもう御免だ。それに、飯の種があって困ることは無い。
それからもう一つ。もはや最後に残ったレイさんとの唯一の繋がりであるこの拳を、失くしてしまうのはやはり耐えられなかった。

「本気だよ。私、もう一度自分の拳を取り戻す。

私の──南斗水鳥拳を。」

水面に浮かぶ水鳥のようと讃えられた美しく優雅な拳を、今再び。

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