▼ 06.参謀総長と応答
一週間(?)が経って、ようやくまともに起きていられるようになった。どうやら内臓にまで損傷があったらしい。
この世界で最初に会った緑の髪の少年は毎日顔を見せてくれたが、私の回復力に呆れていた。私だって驚いている。こんなに早く傷が塞がるなんて事、未だかつてなかった。
「それで、もう気絶しなくなったわけ?」
「うん。痛みにも慣れてきたし、もうあんなみっともない気絶はしないよ。」
「気絶にみっともないもなにも無いだろ」
少年が淡々と突っ込みをいれる。仮面で表情は見えないけれど、多分呆れているのだろう。それがちょっとだけレイさんと重なって、物凄く悲しくなった。
「それじゃ聞かせてもらうけど、アンタは何者?」
「私はキリヤ、歳は19だよ」
「出身は?」
「知らない」
「倒れる前に何してたの?」
「人探し。誘拐された友人を探していた」
「へぇ。じゃあ、アンタは早朝に教会の前で倒れていたんだけど、何があったの?」
「刺された」
「それは分かるよ。他には?」
「分らない」
さらりと嘘をつくと、少年が身じろいだ。言えない事は全て分からないで通すつもりだが、通用するかな?でも、馬鹿正直に異世界からきたみたいだ、なんて言えない。
「……今自分がなんていう場所にいるか分かる?」
「いや、分からない」
「今まで寄った場所で覚えている地名は?」
「……分からない。」
「記憶障害って奴?アンタ、頭を酷く打ってたらしいし、そういう可能性もあるって言われてたけどさ。まさか本当にそうだとはね」
少年はやれやれ、と肩をすくめて隠しもせずに溜息を吐いた。
「探してる人間の名前は?」
「アイリ……と、レイ」
「ふうん」
そこは覚えているんだ、と、少年がどうでも良さそうに言う。
「取り敢えず、傷が治るまではアンタは教団で保護するよ。それまでは安静にしてなよ。その後は記憶が戻るまでダアトで身の振り方を考えられるようにしてあげるから。」
「了解。あ、ねえ。君、名前は?」
なんとはなしに聞いたのだが、少年は煩わしそうに口を結んだ。いやでも、保護すると伝えてくれた人の名前は知っておく必要がある。
「……僕はシンク。神託の盾騎士団参謀総長兼第五師団師団長で、アンタの保護と監視の責任があるから、大人しくしててよね。」
なんかよく分からない呪文のような言葉の羅列が聞こえた。おらくるきしだんさんぼーそーちょーけんだいごしだんしだんちょー。なにやら組織の中で高位の地位を持つという事だけ理解出来た。
「はぁ、どうも……」
どうやらここは世紀末なあの世界とは違って地球ですらないらしい。
何故かって一日が48時間ある。あの少年、シンクが昨日だったか「1日おきに顔出してるけど、アンタの眠ってる顔見たことないんだけど」と言っていたので、ここへ来てから一週間経ったと判断したのだが、体感時間的には2週間が経過している。
そして、何度寝起きしても世紀末世界へ私の意識が戻る事は無かった。
元々あの荒涼とした乱世には辟易していたのだし、水や食料に苦しむことももう無いだろう。
全て忘れてしまって、過去のものにしてしまって、この世界で新しい人生を歩んだほうがいいかもしれない。元々前世のような平和をずっと望んでいたのだから。
そう自分に言い聞かせてみたが、全く効果は無かった。
核戦争で死んでしまった母と父、攫われたままのアイリちゃん、乱世に身を投じてしまったと聞いたシンさんやアミバ、ユダさん、サウザーさん……何よりもレイさんの存在が私の頭から片時も離れなかった。
ずっと一緒にいた兄弟子。手が届かなくなってから気づくのは、ありきたりだが私が彼のことを好きだという事。とてもとても大切な存在であることは分かっていたが、離れる事に耐えられないとは思わなかった。
アイリちゃんとレイさんと、ずっと三人一緒にあの村で平和に暮らすのだと思っていた。時々悪党共が襲撃してきても、レイさんがそれを簡単に追い払って、私もできるだけ手伝って、そんな風に。
「……アイリちゃん、ごめん……」
絶対にこの手で取り戻すと拳に堅く誓ったのに、それを違えた今でも自分の手を砕くことは出来ない。
「ごめんなさい……」
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