▼ 05.独りで異世界へ
ライドウの部屋に駆け込んできた全員を血祭りにあげ、私とレイさんは地下へ向かった。女性達はどうなってるんだろう?
地下の部屋のドアを蹴り飛ばすなり、中から聞こえてきたのは女性の悲鳴だった。
「いやっ、いやぁあっ!やめて、うぐぅっ……」
「キリヤ、見るなぁ!」
レイさんがバッと私を突き飛ばす。酷い陵辱が行われているのが丸わかりだった。私がよろけてたたらを踏んだ瞬間には既に女性の悲鳴が男達の野太い断末魔で塗りつぶされていた。レイさんの拳は恐ろしく疾い。
部屋の入り口まで血飛沫が飛び散って来たあたり、レイさん、全く手加減無しに相手をブチ殺しにしたらしい。断末魔さえ途切れたので顔を覗かせると、部屋の隅で返り血にまみれた女性が酷く震えていた。レイさんはそちらを見るわけにもいかず、怒りに満ちた顔で部屋を出る。
「レイさん、大丈夫ですか?」
「ああ……奴等、どこまで下卑た畜生共なんだ……!」
レイさんの瞳の奥に憎悪と憤怒の炎が燃え盛ってギラギラと光る。ガチギレだ。そういう私も、余りにも怒り過ぎて逆に感情が削ぎ落とされているような感覚がしている。
とりあえず部屋の中に入り、部屋の隅で震えている女性にベールを掛けてやる。こんなのしか無くてごめんね。その女性がどことなくアイリちゃんに似ていて、尚腹の底にドス黒い熱が湧き上がった。
部屋は両側の壁に二つづつ牢があり、全部で五人の女性が捕らえられていた。
「あ、ありがとうございます……」
牢の鍵をレイさんが叩き壊して解放する。安堵のあまりか、涙を浮かべて礼を言う女性達。歩ける人達はレイさんに任せることにして、私は血塗れの女性を抱き起こした。
「……め、」
彼女が苦悶の表情で、掠れた声を出しているのに気づけたのは、そこまで顔を近づけたからだった。
「え、何?」
「だ、……めっ、そっ……敵……、の」
だめ、それ、てきの。
っ!!!
理解した瞬間、私の身体は弾かれたように動いた。
筋が切れるのではないかと思うほどの全力でレイさんの方にバネみたいに踏み込むと、一人の女がレイさんの喉にナイフを突き立てようと振り被る光景があった。
やめて!!!!
手を伸ばす。
全体重を乗せてレイさんを弾き飛ばす。
「邪魔するんじゃないわよっ!!」
自分の身体ががくんと重力に逆らった。ドレスの裾をもう一人、助け出した女が掴んでいた。
ドッ、という鈍い音。
刺された、と思った時にはまぶたの裏が赤く染まった。
「キリヤァーーーッ!!!」
レイさんの絶叫が最後に聞こえた。お腹の右側が焼けるように熱く、牢の床に頭から叩きつけられてそこで意識は暗転した。
「、え……」
気がつくと、そこは世紀末ではなかった。部屋は明るく煌々と光が灯り、掛けられている清潔なシーツ、柔らかなベッドのマットレスに体の沈む感覚が、それをはっきりと私の頭に刻みつけてくる。
「な、にっ…」
何が起こった、あるいは何、此処、と言い掛け、右の脇腹がズキンと鋭く痛んで息が詰まった。脂汗が浮いて、頬を伝うのが感じられた。
「レ、イさ……どこ」
周囲にレイさんの匂いはない。それどころか、核戦争以降常に世界を包んでいた乾いた砂の匂いすらしなかった。あるのは消毒液のツンとしたアルコール臭と、柔らかな草木の香り。もうどこにも無いはずの濃い匂いだった。
まさか、本当に異世界へと来てしまったの?
愕然として思わず親指を噛んだ。鋭い痛みに、これが現実であると思い知る。パラレルワールドとはいえ、既に異世界への転生をした身としては、更に異なる世界が存在する事も、そこへ何らかの拍子で移動してしまうことも、全く否定出来ない。
私、どうなったんだろう。ナイフで腹を刺されたのは覚えている。向こうでは死んじゃったのかな?それとも、消えちゃったのかな?
「レイ、さ…ん……」
ぼろ、と涙がようやく零れた。不安と悲しみで頭がぐちゃぐちゃだ。
それをゴシゴシと乱暴に拭ったのと、部屋のドアが開く音がしたのはほぼ同時だった。
「……起きてる、まさか。あれだけの傷だったのに?」
それは高い、少年のような声だった。部屋に入って来た人物は、緑の髪をして、見慣れない黒服に身を包み、仮面で隠されていて顔は見えなかった。
「だ、れ」
「アンタこそ、どちら様?」
少年がそう尋ねたけれど、腹に激痛が走って答えられないまま、再び視界が暗転する。今度最後に聞こえてきたのは、自分の無様な呻き声だった。
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