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金曜の朝、ハーマイオニーがいつもより広がった髪をしきりに撫で付けていた。
「おはよう、ハーマイオニー」
「あら、おはようダリア、ハリー。毎朝何処に行ってるの?」
「ウォーキングだよ。日課なんだ。」
「そうなの。」
本当は組手も行っているが、説明しても分からないと思うので言わないでおく。ハーマイオニーと違ってなんでもかんでも説明するのは面倒くさい。
「髪が気になるの?」
「えっ?」
そんなハーマイオニーが会話中でさえも髪に触っていたので、相当気になるのかと思い聞いてみた。
ハーマイオニーは真っ赤になりながら頷いた。ハリーがいる前で聞いたのはデリカシーに欠けていたかもしれない。仕方ない、何とかしてやろう。
朝食まであと30分あるので、寝室へとハーマイオニーを連れて行った。
「あ、ダリア。ブエノスディア〜ス」
「おう、エステラ。アホ毛立ってんぞ」
三人いるルームメイトのうちの一人、エステラ・アサーニャ・ブエナフエンテは、イギリスに移住してきたスペインからの移民である。
カトリックは大抵、宗教的な習慣に従事しない魔法族に厳しい。フランスではそこまででもないらしいが、とにかくカトリックの空気に嫌気の差したブエナフエンテ家は、親戚の伝手を頼りにイギリスに移り住んだそうだった。
「アホ毛?うわ、本当やん。あれ?ハーマイオニーやないの。どしたの」
「ん?ああ、髪を整えようと思って。ハーマイオニー、ここ座って」
椅子を指差して指示すると、ハーマイオニーは緊張気味に座った。どうにも彼女には少々コミュ障のきらいがある。
トランクからヘアアイロンを取り出し、アイロン部分に熱魔法をかけて加熱する。いつもハリーの髪に当てるのと同じ温度にしてから、ハーマイオニーの髪を手にとった。
「ねえダリア、それ、どうやって使ってるのかしら?」
「お?普通電気を通して発熱させる部分に熱魔法かけてるだけだけど」
癖のひどい髪を小分けにしながらアイロンを当てていく。一度真っ直ぐにしてから、今度はカールアイロンのほうで髪を巻いてやった。冷やすのも暖めるのも一瞬なので、便利なものである。
髪を整えたハーマイオニーは、私の差し出した鏡を呆然と覗き込んでいた。
「ハーマイオニー、ボサボサの髪に埋まってはらなければ凄ぉ綺麗な顔だってわかるやん」
面白そうに一連の流れを見ていたエステラが、機嫌よくそう言い残して部屋を出ていった。時計を見ると針は7時45分を指している。朝食に降りていったのか。私達もそろそろ行かないとな、と、ジャージの上着を脱いでローブを羽織った。ハーマイオニーはまだ鏡の中の自分と睨めっこを続けている。
「気に入ってくれたかな、マイ・スイート」
冗談めかしてそう言うと、ハーマイオニーは顔をさっと赤らめた。ガチで可愛い。頭を撫でてやると、ありがとう、と小さな声がした。
さ、朝食に行こうか。手を差し出してエスコートの体制を取り、ハーマイオニーを大広間に連れて行行くと、今日もナチュラルにハリーの隣を陣取っていたドラコが最初に気づいて啜っていた紅茶に噎せた。何してんだ。
「さ、ハーマイオニー、ここ座って」
涙目で呼吸を落ち着けようとするドラコの横の開いたスペースにハーマイオニーを座らせると、ドラコの向こう側の黒髪と、更にその向こうの赤髪が、あんぐりと口を開けてハーマイオニーを凝視していた。どうよ?めちゃ可愛くね?
「や、やぁダリア……朝から素敵なご令嬢を見事にエスコートしていたから、一瞬ここはどこの夜会なのかと思ったよ」
漸く息を整えたドラコが、心底感心したようにそう言ったので、ハーマイオニーはほんのりと頬を赤らめて俯いてしまった。彼女のために朝食を取り分けてやっていると、ドラコがローブの裾を軽く引いた。なんだよ。
「君、エスコートの仕方なんてどこで覚えたんだ?かなりスマートに出来てたけど」
「うん?うちは一応中流階級の中でもかなり上層の方にいるからな。ハリーは留守番だったけど、私は何度か父に連れられて食事会くらいなら出てたんだよ。初めてやったけど、可愛い女の子相手だからな、スマートにやらねえと格好悪いだろ?」
なにせバーノン親父はあんなんでも社長である。よく観察していると品のあるエスコートを齧っているのが分かったし、家で商談をすることも多かったので、他の人のものもいくらでも観察する事ができたのだ。
「ミシア相手に練習してたくせに……」
ボソリとハリーが言った言葉は、私以外には聞こえなかったらしかった。
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