▼ 01
「うん……?」
いつの間にか見覚えのあるような景色の中に立っていた。入道雲の立つ高い空は抜けるように青い。じっとりとした空気はアスファルトのにおいを孕んで重く、蒸し暑さに汗が垂れる。
状況を把握しようとあたりを見回した。信じられない事に、慣れ親しんだ日本にしか見えない。コンクリートの道路に沿うように家が立ち並び、その向こうに畑が見える。すぐ横の交差点の向こうには緑道が歩道沿いに伸びている。
無性に心が掻き乱される光景の中、藤色に塗られたアパートが道路の向こうに立っているのを見つけて、血液がざっと頭から引いた。
私の家がそこにある。
慌てて自分を見下ろした。そこには16歳の日本人ではなく、もうすぐ11歳になるイギリス人少女の身体がある。肩にかかる金髪が何よりもそれを証明していた。
自分の家が目の前にあるのに、どうして私はダリアの姿のままなのか。帰ってきたんじゃないのだろうか。
「誰も知らない自分になって遊ぶのはとても楽しいだろうな」
「!!」
唐突に後ろから掛けられた声に、頭を殴られたような衝撃を感じた。自分でも驚くほど迅速に私の身体はくるりと反転する。
夏の日差しと陽炎の中、黒絹のような髪を微風に遊ばせて、そのひとは立っていた。
「でも俺のこと置いてくなんて、酷いな。ずっと一緒にいてくれると言ったのに」
氷で出来た像のような美しい顔は微笑みを湛えて私を見ている。それなのに、胸が潰れそうになるほどその表情は悲しげに見えた。
咄嗟に手を伸ばしたが、どうしてか足が動かない。凍りついたように地面に張り付いたままだ。
「まって、違う、置いていったんじゃないんだ!」
その言葉をようやく喉から絞り出した時には、全ての景色がホワイトアウトしていた。
「ッ!!」
がば、と布団を撥ね退けて飛び起きると、最早見慣れはしたが未だに違和感を覚えるダリアの部屋がそこには存在している。
心臓がバクバクと鼓動を打って苦しい。詰めていた息をゆっくり吐き出して、何度か意識的に大きく呼吸を繰り返す。
元の世界の夢を悪夢のように感じるなんて、どうかしている。
今でさえ帰る気も起きないくせに、あの景色から遠ざかるのが辛い。ぐしゃぐしゃに引っ掻き回された感情が次々に膨らんでは萎んでを繰り返す。
自分で好き勝手にしているはずなのに割り切れていない不安が無性に癪に障った。
「……鉄音、違うよ……置いていった訳じゃ、ないんだ──……。」
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