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「ホットミルクね、つくってあげるよ」
「ありがとう。よろしくお願いします」
彼女が動く度にさらさらと揺れる黒髪にとても心が惹かれる。師範代の持つぬばたまのそれよりも艶やかな烏の濡羽色に既視感を感じて、台所へ向かう間も、彼女が鍋で牛乳を温めている間も、全く目が離せなかった。
「ね、あなた名前は?」
「え?」
ぼーっと見続けていたため、唐突な質問に反応が遅れてしまった。
聞き取れなかったと思われたのか、彼女はWhat's your name?と英語で言い直す。そういえば、まだ自己紹介してなかった。
「ダリアです。ダリア・ダーズリー」
「私は鈴木灰音。よろしくね、ダリアちゃん。」
にこ、と笑んだ彼女に、記憶の中の輪郭が重なる。逃げ出したくなる程の焦燥感が、灰音の顔を脳に焼き付けていた。
イギリスのにおいに慣れてしまった今となっては、日本の空気はとても独特なものに感じられる。真夜中に意識が浮上してしまい、なんとなく寝付けない。ころりと寝返りを打つと、寝苦しそうなハリーの寝顔が布団の隙間から覗いている。
今更元の世界の夢を見た。雨の中、着物姿の麗人が泣いている夢だ。今まで考えないようにしていた、元の世界で一番やっかいな人。
気を取り直して旅行二日目!
京都仏閣を回る観光はまるで修学旅行気分である。金閣寺、銀閣寺、晴明神社に清水寺に映画村、伏見稲荷大社。侘び寂びに感動するイングランドキッズってどうなの?
「ダリア、ダリア!!今あそこにテングがいた!」
天狗の腰掛けを指差すハリー。なんだい、魔法生物か何かかね。
記念に天狗の腰掛けを背景にハリーの写真をパシャッと一枚。日本にも魔法学校ってあるのかね。どうなんだろ?
原作にはイギリス、フランス、ロシア又はドイツっぽい魔法学校はあったが、他の国の魔法使いってどうなっているんだろう。ハリーが学校に通い始めたら教えてもらおうかな。
「呪術も、妖怪も、あるんだよ。日本にはね」
「えっ、なにそれこわい」
「無論ジョークだけどね。」
明治時代まで政府機関に陰陽師が存在した事は伏せておこう。言っても意味がわからないだろうし。
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