▼ 02
苛立ちが収まってしまえば、実の所この現状は私にとっては大変都合の良い状況であった。小説の登場人物に気兼ねなく八当たり出来るし、立場的にワガママ言いたい放題だし、至れり尽くせりってやつじゃないの?
ダリアの魂が何処へ消えたか知らんけど、その存在に何かを思いやってやる気は一切無い。だって架空の人物ですしおすし。いいじゃん、この世からクズの卵が一匹減ったんだし。
そんな訳で、テンションダダ下がりだった私のご機嫌取りの為かドーナツを量産しているペチュニアさんを遠慮なくじろじろ睨め回していた。顔立ちは悪くない筈なのに骨と皮だけで首が長いのが目立つオバハンである。サーモンピンクのワンピースがこれまたババアセンス。これがマミィとか泣けてくる。だって馬の骨オバサンだぜ。
母親ってもんはせめて人間であってほしいものだ。自分の身体の本来の持ち主にそっと心の中で合掌。哀悼。
ってーかペチュニアさん、どんだけドーナツ大量に作るんだよ?そんな食えねえよ?だが食べ物を粗末にする事は我が信条に反する。仕方ない、うってつけの奴がいるから連れてこよう。
「ママ、ハリーどこ?」
「えっ!?も、物置の中よ」
返事はせずにダイニングの椅子から降りて、玄関に向かった。階段下の物置のドアを蹴る。
「おいハリー」
「………ダリア?」
えっ?ちょっと待て予想外に弱々しい声じゃなかったか今の。
主人公との初接触に浮上しかけた機嫌なぞ吹っ飛ぶほど衰弱した返事。待って待って、あの馬鹿親共の虐待ってそんな酷いの?
流石に心配になって急いで物置の扉を開けた。真っ暗な物置の中、ペチュニアさん以上に骨の浮いた小さな子供が力無く座り込んでいるのが見えて、息を呑む。
「………なに、?」
ドン引きの状況である。そういえば、小説には休みの間中監禁されたとかいう記述あった気がする。
取り敢えず手招きした。ハリーは胡乱気に私を見上げている。いいから来いって。しばらく来い来いしてると、困惑しつつハリーはのそのそと物置から這い出してきた。
「私の部屋、行ってろ」
「え?」
「行けって言ったら行くんだよ、早くしろボケ」
小さなハリーは口をへの字に曲げたけれど、何も言わずに二階へ静かに上がっていく。階段の突き当りにある私の部屋に奴が入るのを見届けてから私もダイニングへと戻る。
一方が鶏ガラで一方は豚なんて嫌すぎる親とのペアルックは今日から卒業だ。
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