▼ 54
「いい加減に八つ当たりやめてよダリア」
こっちも我慢の限界だよ、と思いながらハリーはダリアに抗議する。
張られた頬はぱあん!といい音がした。口の中切れてら。
「てめぇ…」
睨み付けても、ハリーはびくともしない。何コイツ。
舌打ちする。
口の中の血を吐き出して唇を乱暴に拭う。
急に馬鹿らしくなったし、往来で当たり散らす自分が恐ろしくみっともなく感じた。
それでも苛立ちは収まらない。
「ダリアちゃん…」
か細い涙声でペチュニアさんが娘を呼んでいる。
「ごめんなさいね…ごめんなさい……」
「…………行ってきます」
低い声が出た。ハリーはバーノンさんの隣に立って私を見ている。バーノン親父も私を見ている。
もう一度、低く………じゃあ。という言葉が出て、私はカートを押してずかずかと前へ進んだ。
9と3/4番線に迷いなく突っ込んだ私は、途端に苛立ちがするすると引いていくのを感じて深く息をついた。
やっと落ち着いたか。
他人事のように思いつつ、車両に向かう。
途中にハーマイオニーのような子を見たが今は無視した。気分じゃない。
と。
「っ」
視界の端を、あの……ダイアゴン横丁で見た、日本人のガキが。
掠めた。
「……………」
このタイミングでか。
ドッドッドッ…と不穏な音をたてて早鐘を打つ心臓に、ごくりと苦い唾を嚥下する。
今度はちゃんと視線をそちらに向けるが、既に列車に乗り込んだ後かそれとも───人混みに紛れたか。どちらにせよ、居なかった。
prev / next