旭さんが風邪をひいた。
普段はすごく元気だからみんな心配してる。修くんが、普段滅多に風邪引かない人が体調崩すとキツいんだと言ってた。修くんのことだ。
うつるといけないから部屋には入ってこないでね、と言って旭さんは、熱でふらついているのに誰の手も借りず、壁を伝って部屋に着くや否や、朝からずっと閉じこもっている。誰かが様子を見に行こうと部屋をノックしても、入ってこないで、大丈夫だから、と、掠れた声が返ってくるらしい。よっぽど私たちにうつしたくないんだなぁ。でも様子も見せてもらえないから、余計に心配になる。
旭さん、部屋に、ずっと一人で。
大丈夫かな。


「もうすぐお昼だね」
「旭さん、何か食べるかな」
「受け取ると思う?」
「ドアの外に置いておきますって言えば」
「立つのもつらかったら?」
「でも直接だと受け取らないでしょ」
「空腹には勝てないよ」
「なんなの栞!どうするってのよ」
「ごめんごめん。とりあえずレイジさんに聞いてきてもらおう」

レイジさん?どうしてそこでレイジさんが出てくるんだろう。そこで二人とも席を立ってしまったから聞けなかったけれど。他の人に聞いたらわかるかな。修くんと遊真くんは知らないだろうし、その他の人は今いないし、自主練習はもう終わっちゃって暇だし。支部内を適当にぶらぶらしていると、キッチンにレイジさんがいた。本人に聞くっていうのはどうだろう。でもレイジさんなら、あんまり気にしないかも。

「雨取か。自主練は終わったか?」
「は、はい、終わりました」
「どうした。小腹でも空いたか」
「そ、うじゃなくって。あの、えと」
「……?まぁ、話したいことがあるなら、こっちに来い。今、手が離せないんだ」
「あっ、はい」

キッチンに立つレイジさんの隣に私も立つ。火にかけたお鍋にはご飯が入っていて、もしかして、旭さんにお昼ごはんを作ってあげてるのかな。あ、旭さん、朝ごはんも食べてないんじゃ……食べないとよくならないのに。
小さい頃、風邪をひいたとき、すごく心細かったっけ。熱に浮かされて泣いてたっけ。うつるかもしれないのに、兄さんが隣にいてくれた。安心して眠れた。目を覚ますまで、兄さんは隣にいてくれた。

「そのお粥…」
「ああ。旭の」
「やっぱり」
「部屋に入ったら、なんで入ってくるんだってめちゃくちゃ怒られて、元気じゃないかと思ったんだけどな。簡単に布団に倒れた」
「だ、大丈夫なんですか?」
「熱が高くて頭痛がするだけのただの風邪だ。しっかり寝れば治る」
「そうですか…よかった」

思わずほっと息をつくと、レイジさんは微笑んだ。

「優しいな、雨取は」
「え、いえ、そんな!あっ、お粥、煮立ってます」
「ああ、すまん」

弱火にして、しばらく煮て、ご飯が柔らかくなったら味噌とダシを入れて、混ぜて、卵を割って、溶いて、回し入れて、混ぜる。慣れた手つきであっという間においしそうなたまご粥ができた。お母さんが作ってくれたのはいつも白粥だったけど、私はそれに梅干しを入れて食べるのが好きだったな、ということを思い出す。
どんなに慣れていて手早くても、所作ひとつひとつが丁寧で、慈しむ、ってこういう感じなのかな、と思った。それから、レイジさんは旭さんのことを大切に思っているんだな、って。それは多分旭さんも同じだから、さっきレイジさんの名前が出たんだろう。
お互いがお互いを大切に、愛しく思っているのを見ると、周りの人の心も温かくなるのは、きっと錯覚じゃない。やさしさも幸せも、同調して伝染して波を広げていく。だからレイジさんがお粥を作っているとき、私は兄さんやお母さんのことを思い出した。

「じゃあ、持っていくかな」
「いってらっしゃい」
「結局、話したいことはなんだったんだ?」
「いえ、もう、大丈夫です」

レイジさんは表情を変えないけれど、旭さんのことを心配してる、大切に思ってる、そういうのが伝わってくる。それってすごいことだ。
そうだったんだ。ふたりのことは心にストンと落ちて、そこからじんわり心地良い熱が広がる感じだった。なんでレイジさんの名前が出てきたのかっていう最初の疑問は、なんだかとっても嬉しい形で解決した。
旭さん、熱、そろそろ下がったかなあ。


「千佳ちゃん、レイジさん知らない?」
「え?まだ戻ってきてないんですか?」
「そうなんだよねー。こなみー」
「知らないわよ」
「旭さんの部屋にいるんじゃないの?」
「あ、迅さん」
「まーでも、さすがにレイジさんも熱で弱ってる恋人にムリヤリって趣味はない……、あるかな」
「うわサイッテー!下世話!ていうかサイドエフェクトで見えないわけ?」
「…特に何も」
「あー、ごめん千佳ちゃん、旭さんの部屋行って見てきてくれる?」
「わ、私でよければ」

すごい大役を仰せつかったような……迅さんが変なこと言うから。
旭さんの部屋にいないとしたら、キッチンかな。いなかった場合を考えながら、旭さんの部屋に向かう。
控えめにノックすると、レイジさんの小さな声が返ってきた。なるべく音を立てないようにドアを開ける。きちんとマスクをしたレイジさんが、ベッドに腰掛けていた。ひそひそ声で会話をする。「どうですか」「今、ようやく寝たところだ」もうしばらく俺はここにいる、とレイジさんは、赤い顔をしてベッドに横たわっている旭さんを見ながら言う。よく見たらレイジさんの大きな手が、旭さんの細い指に重ねられていた。どうしても頬が緩む。

「あ、悪いが食器を」
「はい」

器に入っていたたまご粥はきれいに無くなっていた。抜き足差し足で部屋を出て、後ろ手にドアノブを掴んで、引く。直前、ふっと部屋を振り返ったら、レイジさんがマスクを下げながら身を屈めていた。ああ、見ちゃいけないというか、私が見ていいものではなさそう。ばれないように、すぐに顔を背けて、そっとドアを閉めた。

「お、千佳ちゃん、どうだった?」
「旭さんさっきようやく寝ついたから、レイジさんはあと少し部屋にいるって」
「やるなあレイジさん。もつのかな、恋人が真っ赤な顔して力も入んない状態で、しかも部屋には誰も入ってこないというお膳立ては当の恋人がしてるわけで」
「いっぺん死になさいよ!殺してやるわ!」


「…れいじさん」
「まだ起きてたのか」
「なんでキスとか…するんですかあ」
「嫌だったか」
「うつっても知りませんよ」
「構わないさ、お前のなら」
「…なら、もっかい」
「本当にうつす気か」



レイジさんと彼女と千佳
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