秀次、私の弟。
シスコン。
と、言っても、私ではない。一応、姉であるはずの私は、彼のシスコンの対象ではない。ならば誰かと問われたら、私と秀次の姉だ。
彼女が亡くなって、もうすぐ五年経つ。

五年というのは結構な歳月だと思う。
もうそんなになるなんて、不思議なものである。間違いなく私たちの日常の中にいた姉さんがいなくなってしばらくすれば、いないのが普通になってしまった。五年もの月日は、それにはお釣りが来るくらい充分すぎた。塞ぎ込んでいた秀次も、ときには笑顔で仏壇に手を合わせることが簡単になるくらい、充分な時間だった。それくらいなら、五年もいらない。けれど忘れ去ってしまうにはちっとも足りない年月だ(いや、きっとどれだけあったって足りないし不可能だろう)。

おはようと声を掛けても、朝から不機嫌そうに目つきが悪い弟から返事はない。いつものことだ。
秀次は私が嫌いなんだと思う。姉さんを慕いに慕っていた反動かもしれない。私は秀次のことがかわいくて仕方ないんだけどな。そんな気持ちだって昔から空回りしてばかりだ。
余計な会話はしたくないのだと言わんばかりに私を横目で見ることも、毎朝、忘れない。ギラリと痛いほどのまなざしだ。こんな目を、学校でも、ボーダーでも、いつもしているのだろうか。
かわいい弟に怖い顔をさせてしまうのは申し訳ないという気持ちから、自然と私と秀次の距離は空いていった。遅かれ早かれそうなったのかもしれない。姉さんがいなくなって早まっただけかもしれない。どっちだって、秀次は以前より笑わなくなった。
そのことを考えると、血を分けたきょうだいというものも、なんと不思議なものか。
あの歳で復讐に生きるなんて。どうにかして肩代わりでもしてあげたいくらいだ。
姉さんにあって私にないものはたくさんある。姉さんを姉に持つ者同士、わかりあえることだってあるはずなのに、秀次はあまりにも姉さんを好きすぎる。さみしいなあ、と思う。
出て行く背中に行ってらっしゃいを投げかける。返事は元から期待してない。
どうしてだろうね、と呟いた。
どうして私じゃなかったんだろうねえ。


「視えてたんじゃないの?」
「うん?」

同い年の迅は、未来が見える。
らしい。
未来なんて見たことないし、私は迅ではないから、まあ、たぶん。
あのとき、……姉さんが死んでしまった時、秀次は亡骸を抱えて彼に縋った。それ以来弟は迅をやけに毛嫌いしている。

「ねえ、どうしてなのかしらね」

私じゃあちらには不足だったのかしら。おどけて笑ってみせると迅は少し寂しそうに笑った。

「もしあのとき死んだのが姉でなく私だったらね、あの子いまでも昔みたいにかわいいままだったのよ、絶対。姉さん姉さんって、キラキラした目で」
「ううん…」
「なによその、反応に困るみたいな。本当にかわいかったんだって…そりゃあいまもかわいいけど、…私なりに申し訳なく思ってるんだから、あの子があんなふうになっちゃったこと」

身勝手だとは思う。もし私が死んだら姉さんが帰ってくるとしても私はすぐに死ぬことを選べない。三人、一緒がいい。秀次は迷わず姉さんを選ぶだろう、私を殺すかもしれない。秀次に殺されるのならまだマシかもしれないけれど、やっぱり、みすみす死にたくないと、思う。
秀次があんなふうになってしまった原因のすべてが私にあるわけでもあるまい。それでも背負ってやりたい、そんなのは完全に私のエゴでしかない。
私だって姉だ。姉さんの妹であり、秀次の姉だ。あの子のためにならないことでも、自分がそうするべきだと思ったら、どうしようもできなかった。

「旭はさ、わかってる?」
「なにが?」
「秀次はさ、おまえのせいで、あんなふうになったんじゃないよってこととか」
「ああまあ、それぐらいはね、わかってる」
「それならいいんだけど」

だけど、何?と頬杖をつくと、迅はふうっと溜息をついた。不機嫌なのかと思ったけど、そうでもないようにまた笑った。この男は本当によくわからないなあ。それに比べたら秀次なんてわかりやすい子だ、かたくなで。
見透かしているような目を、いやきっと見透かしている迅が、私を見る。

「わかってないことも、あるよ、きっと」



姉さんが死んでしまったのは、俺の力不足に他ならない。
迅に助けを求めるほどには弱かった、何もできないほどには弱かった。姉さんを殺した近界民を許せなかったのはもちろん、何より二度とあんな思いをしたくないと思った。大切なものはなるべく多くないほうがいい。復讐という大義名分の枷にならないし、失くす回数もそのたびに悲しむ回数も少なくて済む。が、どうしようもないのが血縁だった。
俺には姉がもう一人いた。俺と同じ、姉さんを姉に持つ者同士で、それに旭は女だったから、幼い俺はライバル意識に近いものを抱いていたのだろう。それを特に意に介していないふうだった旭に、少なからず、苛立っていたのだろう。
積もり積もって素直な態度をとれなくなって。それでも、あいつだって俺の姉だ。血を分けたきょうだいだ。
もう二度と、あんな思いをしてたまるか。おはよう、行ってらっしゃい、おかえり。あのとき、姉さんの代わりになれたらよかったのに、なんて馬鹿な考えが見え透いた旭の声を聞くたびに思った。
俺がこんな気持ちでボーダー隊員をやっていること、あいつは一生、知らなくていい。


もういない姉とそこにいる姉とその弟



三輪秀次の姉
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