俺にはわからないことがある。全くもって理解できないことが、ひとつだけ。というのも、第三者にわかるはずもない類の話なのだが、それでも勝手に納得しようとするのが人間の性ではないだろうか。

「奈良坂くん」
「春駒さん?」
「ねえ、当真どこにいるか知らない?」

春駒さんの口から紡がれるあの人は、なぜかいつでも憎らしい笑顔。ポンと思い浮かんで腹立たしくなったから、とりあえず蜂の巣になった当真さんを想像して苛立ちを抑えた。
多分、一生解けないであろう疑問。春駒さんと当真さんが、なんで恋人同士なのか。
春駒さんは、俺より、当真さんより年上だ。俺はあの人に、年下で犬みたいに懐いてくれるかわいい子がいいって、至極どうでもいい情報を聞かされたことがある。

「なんで当真さんの所在を俺に?」
「仲いいから」
「いえ別に良くはないです……」
「え〜仲いいよォ」

あっけらかんと言い放つ春駒さんは見ての通り勝気な人だ。つまり俺が当真さんから聞かされた至極どうでもいい情報は、春駒さんには当てはまらない。だいたい恋人同士だということを聞くまで俺は、当真さんはこの人が苦手なのだと思っていたくらいだ。
ボーダー内での恋愛がないかと言われればゼロではない。男女が多数いる空間でそういったものが発生しないのがおかしい。この二人の場合、どちらかがどちらかを執拗に探して追いかけ回すことがしばしばある。当真と春駒の二人が顔を合わせると地震が起こる―――という噂は、18の男子高校生と20を超えたタフな女性が相見えたときに勃発する全力の追いかけっこによって単純に床が震動するだけの話である。何をやってるんだこの人たちは。

「また追いかけっこですか?」
「またって。そんなしょっちゅうやってるみたいな」
「じゃあどうして」
「また追いかけっこしてるからだね」
「あの、サムズアップいらないです」

握った拳から親指を立てる、通称サムズアップをキリッとした表情でする春駒さんの親指をそっと拳にしまってやる。こんなところで男前な表情を無駄遣いするべきではない。当の本人は奈良坂くん目が虚ろ〜とからから笑う。誰のせいだと。それにしても当真さんみたいなタイプは同族嫌悪しそうなんだが、考えれば考えるほど本当にこの二人は付き合っているのか?

「今日はどっちが鬼なんです?」
「あっち」
「そうですか」
「あの子が怒るようなことをね、しちゃったのよ」

まあそうだろうなと思ったが口には出さない。
口元に弧を描いた春駒さんの笑顔はとても無邪気だった。
あの子、なんて言うのが変な感じしかしない。当真さんが怒るようなこと。どんなことだろう。いたずらがバレて叱られた、でもいたずらを仕掛けた時間の楽しさを思い出している子供のように、春駒さんは歯を見せて愉快そうに笑っていた。笑っていられるのは年上の余裕か。ますます当真さんが焦がれそうな相手ではない。

「……あ」
「あ?」

春駒さんの肩越しに、遠く、苛立った顔をした当真さんを見つけた。当真さんが俺の声に気付いて不機嫌な声を漏らし、それに春駒さんが振り返る。そして、笑顔で、「わあ」と言った。
黙ったままの当真さんが、やけにものすごいオーラを隠しもせず、つかつかとこちらに数歩だけ歩み寄って、止まる。沈黙、五秒。

「…………」

「……待てゴルァアアア!!!」
「あはは!じゃあね、奈良坂くん、バイバーイ!」
「!? テメエ奈良坂と何話してやがったんすか!」
「ちょっとね!当真に話す義理はないよ!」

俺の目の前を凄まじいスピードで駆け抜けていく当真さんと春駒さん。わずかな地鳴りと地震に似た震動を残して、あっという間に見えなくなった。騒々しい。いがみ合っているヤンキーもしくは喧嘩するほど仲がいいけど喧嘩がひどいってやつに見える。
一体全体どうしてあの二人が恋人なんて肩書きを互いに与えているんだか。その答えはわかりそうでわからない。さっきの春駒さんのあの笑顔が重要な鍵になりそうな気はするが、別に知りたいわけではないし、わからなくていいんだけれども。
とりあえず俺としては追いかけ合うのをやめていただきたいところだ。つかまえようが否だろうが、当真さんの話し相手にならなくてはいけないのは俺なのだから。

「奈良坂〜、災難だったじゃん」
「……ああ」

どこから見ていたか、出水と米屋が俺の肩を叩く。

「うわー、疲れ切った顔」
「今日は何を言われるか考えると」
「あー当真さんに?長いんじゃねーの?」
「……?どうして」
「そりゃ自分の彼女が男と居たらなぁ。機嫌悪そうだし、覚悟しといたほうがいいぜ〜」
「どんまい奈良坂」
「…………」

ただひたすらに気が重くなった。
百歩譲ってあの二人が仲が良いのは認めよう。でも周りを巻き込むのはやめてほしい。とにかく今日、当真さんは不機嫌なんだろう。ああ、全く、面倒臭い!



「なんであいつと喋ってたんだよ!」
「あいつ?奈良坂くん?当真と仲いいから!」
「あんたの目どうなってんだ!つーかいい加減逃げんのやめてくんねーすか!」
「いやまあ追いかけられたら逃げるわ」
「クッソが」
「私は何回でも逃げるよ。今までと同じに、当真は絶対私を捕まえるってわかってるからね」



当真と彼女と奈良坂
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