「旭。ちょっといいか」
「はい、隊長」

俺に駆け寄る旭の翻ったマントから、どうも嗅ぎ慣れないにおいがして、思わず尋ねる。どこに行っていたかを尋ねただけなのに、あっと声を上げる彼女からはふわりと染み渡るような香に似た香りが漂う。普段は纏わない香りだ。ばつが悪そうな表情で、マントを鼻に押し付けている。

「あの……ええと」
「どうした?言えないような場所か」
「いえ、その……玄界の、線香というものを」
「センコウ?」
「この棒の先端に火をつけて、……墓前に」

そう言う彼女は俺の目を見ていなかった。
いけませんでしたか、と問う目をして、取り出した箱に詰まっている細いものを俺に掲げながら、それでも俺の目とは合わせなかった。
誰の墓にとは言わなかったが、そうか、エネドラの。
線香とやらの香りが染み付くほどだ、よほど長時間墓前にいたとみられる。遺体すら無いあいつの黒トリガーを受け継いだ者として、一人の友人として、何を思って線香に火をつけたのだろう。からっぽの墓に、玄界のこんな頼りない棒に、どんな想いを馳せて。

「恨むか」
「はい?」
「あんな判断をした俺を」

エネドラと旭は仲が良かった。歳が近いのもあったろうが、もう長い付き合いで、簡単には切れない何かがあったと思う。
旭は『泥の王』の適合者であり、トリガーとリンクするサイドエフェクトを持っていたため、実質、控えの遠征メンバーだった。彼女のサイドエフェクトはざっくり説明すると、彼女自身がそれと定めたトリガーの状態、起動や停止などを把握できる能力だ。
エネドラが気体化して敵の本部に侵入したのも、泥の王がエネドラから切り離されたのも、その瞬間に旭はアフトクラトルで全て把握していた。
突然エネドラからの反応が無くなった彼女は酷く動揺したことだろう。ヒュースのトリガーが玄界に残されたままに、遠征艇が出発したことにも。俺たちが帰ってきた頃には、泣き腫らしたような目で、お疲れ様でしたときたものだ。泣き言ひとつ言わないが、俺は彼女に恨まれたって仕方のないことをした。

「いえ、あの横暴な態度では……命令違反も犯したと聞きましたし」
「……」
「いずれ遠征メンバーから外されるのではと、思ってはいまして」

旭の声がかすかに震えた。

「欲を言えば、どうせ殺すのなら、私に彼を殺させてほしかったし、私が、彼を手厚く、葬ってあげたかった、と、…思います」
「お前が、か」
「……あの子がかわいそうで仕方なくて」

手の甲で目元を覆って、喉は嗚咽にしゃくりあげる。やはりまだ少し幼いのか、静かに泣くということをしらないのかもしれない。どうせ殺すなら自分が殺したかったと言うのも、変わっている。エネドラと旭の間には、きっと他のものとは違う繋がりがあったのだ。
俺は、旭に任せたら自分一人で葬儀を済ませるのだろうなとぼんやり思った。真っ白い棺に雪のような花を敷き詰めて、自分も棺に横たわって、冷たくなったエネドラをその細腕にかき抱いて、そのまま炎の中でも地中にさえも、二人でどこかに姿を消してしまいそうだと、たった今思った。ある意味でもエネドラを玄界に捨ててきたのは正解だったかもしれない、とも思った。

「……申し訳ありません、出すぎたことを」

ぐいと袖口で目尻を擦る旭。擦るから、目元はすっかり真っ赤になっている。エネドラの好物と似た色をしているということを何とは無しに考えついてしまい、全く俺も彼女一人で、自らの手で捨てたはずのかつての言葉ばかりの仲間を思い出してしまうほどには、あれはそう容易に忘れ去ることができない出来事だった。

「……悪かった」
「隊長、それは……、いえ、何でも」

自分の口からこぼれた、悪かったなんて言葉に驚いた。そして疑問に感じた。俺はいま何に対して謝ったのだろう。謝った。俺は間違いなく、悪かった、と言った。何に対して?わからない。
エネドラを殺したことを謝ったのだとしたら隊長として失格ではないか。己の判断が間違っていたと証明したようなものではないのか。あの判断は間違いではなかったと思う。彼女の涙にあてられたか、彼女のエネドラを思う気持ちに眩暈がしたか、何やら変な気が起こったとしか考えられないが、俺はいま確かに謝罪の言葉を口にしてしまった。きっと旭もそれを問おうとしたのだ。

「それで、お話とは」

いつも通り、気丈に。気丈に振る舞う旭に、俺は、いやもう大丈夫だとしか言えなかった。全くもっていつも通りではない彼女と、これ以上話すことはできなかった。
初めて聞いた本音、エネドラとの絆、赤い目尻、たらればのおかしな予感、まとわりつく眠りを誘う香り。
あの日から旭は、どこかに影を潜めていた。いなくなったエネドラの欠片を拾い集めて、大事に、恨みがましく持っているようだった。
ああ、目元の赤もそんなにおいもさっさと消えてしまえと、霞みがかった心で、手折ることはたやすそうな、去っていく頼りなさげな背中が暗がりに消えるまで、俺は呪うように見つめていた。



ハイレインと遠征控えの子とエネドラ
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