木虎視点



嵐山先輩には彼女がいる。
聞いた時は少しがっかりした。先輩はそういうのにうつつを抜かすような人じゃないと勝手に思っているところがあった。そりゃあ、彼女がいたって何もおかしいことではないんだけれど。私たちは一応ボーダーの顔として動くことも多いし、その筆頭の嵐山先輩は人気も高いから、もしこれが嵐山先輩のファンに知れたらということは考えた。根付さんはご存知なんだろうか。佐鳥先輩曰く基本的に他言していないらしいけれど、忍田本部長あたりはご存知でもおかしくはないと思う。

嵐山先輩には彼女がいる。
嵐山隊は私を除いてみんな彼女さんに会ったことがあるらしい。私がA級に上がる前に、何度か。いい人だと口を揃えて言うから、そんなに言うなら、私も一度会ってみたいと思っている。相手は選り取り見取りの嵐山先輩が選ぶ人だから、いい人で当然だろう。
具体的にどんな人か聞くと、かわいらしくて献身的で明るく親しみやすく、怒ると怖いけどとても優しくて、料理も上手と、なんともべた褒めだった。驚いたのは時枝先輩もそうしたこと。すごくいい人だよと微笑んで言われた。佐鳥先輩が言うと少し疑わしいことも、時枝先輩が言うだけでこうも信憑性を増すから不思議だ。時枝先輩と綾辻先輩が言うならそれは本当なんだろうと思った。
綾辻先輩はやっぱり女同士だからか二人よりも詳しくて、旭さんは年上っぽくなくて親しみやすいよ、とのことだった。旭さんと云うらしい。年上っぽくないとはどういうことか聞くと、数学がものすごく苦手なところや、室内を歩いていたら必ずどこかに体をぶつけるところや、しっかりしているように見えてしょっちゅうドジを踏むところや、頬を膨らませて拗ねるところ、など。それは確かに親しみやすそうな感じではあるけど、鈍くさいのは嫌いだ。さて、どっちだろうか。

嵐山先輩には彼女がいる。
聞くと今は三門市には住んでいないらしい。先輩本人に聞くと、いろいろあったんだと言って、言葉を濁された。聞く話によるとこういうことらしかった。
旭さんは現在、隣の蓮乃辺市に一人暮らしをしていて、三門市にいたのは一昨年まで。ご両親は第一次大規模侵攻で亡くされている。なぜ移り住んだかというと、自分は鈍いからすぐに近界民にやられてしまうと思ったらしい。それから、嵐山先輩が普段から懸念していた、もしものときに大勢よりも旭さん一人を優先してしまうという事態は避けたかったから。自分のせいで嵐山先輩が責められたり、先輩自身が自分を責めたりすることになるのがどうしても嫌だった、と。殊勝な心がけの方だと思った。けしてそれを俺のためとは言わなかったからと、嵐山先輩は寂しそうな表情で言った。俺に気を使わせまいと全部自分のせいにして全て背負って蓮乃辺へ行ったんだと、申し訳なさそうな心痛の念を滲ませて言った。
旭さんだって離れたくはなかったろう。こんな思いをしている人が一体何人いるというんだ。改めて私たちボーダーの存在意義を、自分の中の正義を感じた。

嵐山先輩には彼女がいる。
今日は大規模侵攻でも起こらない限り完全非番だから、嵐山隊全員で蓮乃辺市へ行くことになった。もちろんそこでゲートが開けば任務になるけど。蓮乃辺というと旭さんがいるところだとみんな知っているから、『もしかしたら』ムードだ。
嵐山先輩が連れて行ってくれたのは、雰囲気のいい喫茶店だった。こういうところは密かにテンションが上がる。綾辻先輩に、素敵なところねと言われたから、素直に頷いた。
入り口の扉を開けると、ベルが軽やかな音を立てた。いらっしゃいませー、と飛んできた声は鈴が転がるようにきれいなもので、思わずついと店内を見ると、口元を押さえて立ちすくむ女性店員さんがいた。あっ、と佐鳥先輩が声を上げる。

「旭さん!」


嵐山先輩には彼女がいる。
ここの喫茶店は、その彼女さんのバイト先だった。シフトが入っている日を狙ったわけではなく、偶然だったらしい。嵐山先輩は席に着いてから何回目かわからない溜息をまたついている。旭さんは先輩の顔を見るなり目元を赤くして、パンプスの踵をカンと鳴らして裏に引っ込んでしまったのだ。綾辻先輩がじっとりと嵐山先輩を見つめている。
「もうどれくらい会ってなかったんです?」の言葉に、嵐山先輩がギクリと肩を強張らせた。

「……結構会ってなかった」
「泣くほどですよ、よっぽどですよ!」
「旭も大学が忙しそうでつい……」
「それは言い訳って言うんですよ」
「う…充まで」

嵐山先輩はすっかり縮こまっている。

「この後は私たちで蓮乃辺散策しますから」
「えっ、でも」
「オレたちのことはいいですって!ここで旭さんほっぽって帰ったら怒りますよ!」
「…べつに私は怒らないよ……」
「あっ、わあっ」
「お久しぶりです、旭さん」
「久しぶり充。遥、私泣いてないからね〜」

「あれ、私こっちの子とは初めましてかもしれない?」小さな涙の粒が光る長い睫毛に縁取られた目が私のほうを見て、くるんと丸くなる。印象が途端に幼くなった。

「初めまして、嵐山隊の木虎藍です」
「藍ちゃんね。初めまして、春駒旭です」

私が思っていたより、ずっとお顔も雰囲気も綺麗なひとだ。まだかすかに赤い目尻を下げて私に微笑みかける。

「一見さんだから藍ちゃんはサービスで私の奢りね。好きなの頼んで」
「え?そんな」
「遠慮しないで。かわいい女の子には優しくがモットーだから」
「…佐鳥先輩みたいですね」
「オレも!オレもここ一見のお客さんだよ!」
「ああ間違えた、一見さんじゃなくて初対面だから。賢はもう何回も会ってる」
「んなっ!?くっそ〜!そっちか!」
「あと佐鳥は女子じゃないよね」
「旭さん男の子にも優しくして」
「充になら奢る気起きるんだけどね」
「わあん贔屓!差別!」
「私には?」
「え〜遥?泣いてるとか言っちゃうしなー」

嵐山先輩には彼女がいる。
先輩たちと喋る姿は確かに歳上には見えないし、さっき泣いていたようにも見えない。嵐山先輩が居た堪れなさそうにしている。こんな嵐山先輩を見るのは初めてだ。
てっきり彼女さんを完璧にリードする側だと思っていたのに、案外、嵐山先輩のほうが旭さんにべた惚れなのかもしれない。そう思うとなんだかおかしかった。そわそわしている嵐山先輩を、素知らぬふりをして肘で突いた。

「旭さん。この後バイトは…」
「え?あと30分くらいで上がるけど、なに充、デートのお誘い〜?」
「違います」
「即答かい」

デートの単語に嵐山さんがビクッとする。
私たちは顔を見合わせて頷きあう。
嵐山さんを見て、グッと親指を立てる。
旭さんが、首を傾げた。

嵐山先輩には彼女がいる。
これを機に、このカップルが、さらに仲良くなれば、ずっと仲良くいてくれればいいなと思った。そしてたぶんそれは私だけじゃなく、嵐山隊みんなが思っていること。



嵐山と彼女と嵐山隊
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