世良視点



暗かったから顔はよく見えなかったけど、
ーーーよってたかってやめなさいよ。恥ずかしいと思わないの?
ーーーしつけえ野郎だな。物的証拠はちゃんとあんだよ、いい加減おとなしくしろってんだよ。
ーーー豚小屋送りにされてえか?あ?
あの女の人の声、どっかで聞いたことあるような気がした。
ーーー大丈夫だった?若いんだから、気をつけなきゃ。


「はよー椿。こないだは災難だったなー」
「世良さん。ハザス。災難でしたね…」
「俺は別にあの人が来なくてもなんとかできたんスけどね」
「あっザキさんハザス」
「できなかっただろ、あの時俺ら全員酔っててさー、一番ひどかったのお前じゃん」

俺と赤崎と椿で飲みに行きます。帰りがけにETUのこと貶してるガラ悪い小僧ども(多分年齢俺らと変わんない)に出くわします。思わずガン飛ばします。ガン飛ばされます。絡まれます。俺ら全員酔ってます。足元ふらついてます。追い詰められて逃げられません。さあ俺たちはどうしたでしょう?
まるでヤンキー漫画のような展開を自分が経験するとは思ってなくて超ビビった。経験値上がった。
で、答え。どうもしなかった。
どうもしなかったというより、多分キレイめのオネーサンが助けてくれた。何来てんスかって止めようとして、前述の有様。
殴られはしなかったけど結構ヤバかった。すんでのところだったし、まずあのオネーサンヤバイ。ガラ悪いニイちゃんたちのがかわいそかった。女がしゃしゃり出んなって言える雰囲気でもなかった。

「あの人誰スかね?世良さん知り合い?」
「メンチ切りのプロの女性は俺の知り合いにはいねーかな…」
「ぶっちゃけあの人の方が怖かったっス…」

オフ2日挟んでよくよく考えると、ETUを貶してた奴らはスカルズ入りたてか、ヴィクトリーサポか、それとも単なる東京都民か、いろいろ挙げられるけどまあ良し。気にするだけ無駄だ。弱いまんまじゃねーし!俺らはこっから強くなるんですー!むしろ今季は強いだろうが!ハイ終わり!で終わり。
それにしても、オネーサンの声はどっかで聞いたことあるような気がしてるのに、それがどうも引っかかって思い出せない。こういうの一度気になりだすと気になってしょうがないの俺だけだろうか。

「あっタンさんガミさんチワース!」
「よーっす」
「おーこっち来てみ、いいもん見れるぞ」
「えっ、タンさん何見てるかと思えば!それだったの!」
「えーお前が言ったんじゃーん」
「言っとくけど共犯だから〜」
「えっ何すか何すか」
「あれあれ」

タンさんとガミさんが指差す方を見ると、練習場とクラブハウスの間のアスファルトとを隔てるネットの向こうに、ドリさんと女の人がいる。女の人の顔はちょうど見えないけど、うわー、ドリさんあんな顔するんだ。

「何かと思ったら…」
「あっ赤崎お前くだんねーって思ったな?」
「下世話っスよ。俺遠慮しときます」
「ちぇーかわいくねーの」

赤崎は俺らから離れていく。その背中をそれとなく見送ったあと、椿が聞いた。

「タンさん、ガミさん、あの女の人誰っスか?」
「あれ、椿知らねーの」
「俺も知んないスよ」
「へえーじゃあ挨拶してこいよ!」
「え?挨拶ってあの人にスか?」
「しといたほうがいいって!」

あの女の人がドリさんのどんなアレかはわからない。なんで挨拶しに行ったほうがいいんだろう。
行け行けーと言われるけど俺も椿も尻込みする。当たり前だ。そしたらドリさんがこっちに気付いて手招きしてくれたから、とりあえずそっちに向かう。何言われんの。

「よう世良、椿」
「ハザス」
「どもっ」
「あ、」
「え?」
「……えっ」

この声、…と雰囲気?シルエット?オーラ?よくわかんないけど、どっかで……。
こんにちは、と意味ありげに笑う顔と声と、あとドリさんが笑ってるのとで、確信した。

「こないだのオネーサン!?」
「アラ、お姉さんだって。ふふ」
「よかったな」
「えっ、あっ、ええっ!?」

紛れもなくこないだのオネーサンだ。椿お前は驚きすぎだ、声出てねーぞ。
だからか。だから声に聞き覚えがあったんだ。たまに練習見に来てはスッと帰る女の人だ。

「はじめまして、…じゃないか。緑川宏の嫁の旭です」

嫁ですの言葉だけで顔を赤くする椿はどんだけウブなんだ!
だからこの間の夜絡まれたとき助けてくれたわけだ。気を付けなきゃ若いんだからって、そういう意味か。まだ若手なんだから。ドリさんの嫁さんなら、そりゃあ俺らのことだって知ってるはずだ。
ていうかこうして見るとほがらかで明るくて優しそうで、多分ドリさんとそんなに歳は変わらないと思うんだけど全然まだお姉さんって呼べる見た目だ。
うーん、クロさん並の(下手したらクロさんよりもひどい)暴言がこのオネーサン……旭さんの口から飛び出したとはとても。
疑いの目になってしまっていたか、ドリさんが笑った。

「絡まれてたところに、こいつがしゃしゃり出たんだって?」
「あっ、はい、助けてもらいました…!」
「こいつ口悪かっただろ」
「そ、……でした、かねェ……」
「気ィ使わなくていいって。ひでーもん」
「だって三対六だったのよ。卑怯じゃない」

にこにこして言ってる。やっぱりあの暴言は旭さんの口から出たものなのかそうか。世の中ってのは摩訶不思議だ。

「そんなことばっかやってたらお前いつか痛い目見るからな…」
「みすみす痛い目に遭わせるつもり?」
「そんなわけないだろ」

おう。なんてこった。
ラブラブモードに当てられて俺はなんか悟りを開けそうだし椿はもうかわいそうなぐらい真っ赤だ。

「引き止めて悪かったな。そろそろ練習行くか」
「頑張ってね、世良くん、椿くん」
「あっ、ウス」
「ハッ、フィッ、はいっ!」
「どもりすぎだろ…どうした」
「宏も。頑張ってね」
「ああ」

そうやって小さく手を振って、こんな短い会話だけど、この溢れ出る愛情。やめて、俺のライフは既にゼロだ。
すごく献身的でいい奥さんなんだろうな。女の人なのに、絡まれてる俺ら助けるぐらいだから、ホントに優しいし。ドリさん、いい嫁さん持ってんだなあ。そういやナツさんとかコシさんも奥さんいんじゃん。堺さん、タンさん、ガミさんとか、言わないけど絶対彼女いるよな、くそう。椿もあいつ何気にモテるし赤崎とか年上の彼女連れてそうだし。想像したらムカつくから赤崎いっぺん死ね。
最後に一回振り返って旭さんを見ると、慈愛に満ちた目で、ドリさんだけを、ずっと見てた。
……あー、俺も彼女欲しいな……。そんな思いを、今日はひとまず、ボールを蹴って昇華させよう。



「あの人ドリさんの奥さんでしょ。知ってますよ」
「今度お前らウチ来いよ。宅飲みしようぜ」
「いーんスか?」
「ドリさんの奥さん料理上手なの?」
「オイコラ!」
「ああ、上手だよ」
(……家とか……ラブラブオーラ、今日の比じゃねえんだろうな……)



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