「すいません、嘘です」

毎回こうやって謝る烏丸に、なんでだろうなと思う。
嘘をつくことは、人が生きていく上で避けては通れないことだと思う。
どこかでボロを出したり誰かを貶めたりするようなものじゃなければ、嘘は世界に必要なものだと思う。
それなのにどうして烏丸は謝るんだろうなと不思議に思う。
私はその、まるで冗談みたいなかわいい嘘に怒ったり悲しんだりしないのに。

烏丸は基本的に無表情だから、嘘なんだか冗談なんだか本気なんだかを計りかねる。そういうタイプは、嘘だとすぐには見抜かれないけど、結構疑われてしまう。でも性根が真面目で誠実だから、疑われまくるってことはないんだろう。いつもちゃんと謝っているし。まぁ心の底から申し訳ないと思っての謝罪の言葉かはわからない。烏丸はそういうやつだ。

「烏丸」
「じゃなくて」
「…京介」
「はい」
「すきだよ」
「俺も好きです」
「私なかなか京介って呼べないのに?」
「そこも好きです」

そこはきらいです、くらい言ってもいい。それは嘘じゃないでしょう。でもきっとそう言ったとして、烏丸は……京介は、すいません嘘ですと謝るんだろう。くそまじめ。
私なんか、なかなか京介って呼べないのは嘘なのに。今までいろんな人と付き合ってきて、望むことを大抵やってあげられるから、名前呼びなんて簡単なのに。京介の、名前で呼んでって顔と声で、『じゃなくて』って訂正されたいがために、わざと烏丸と呼んでいるのに。そんなことにも気づいていない。そもそも私の元彼の人数が多いことも気付いてない。くそにぶい。はは。

「なにかおもしろいことありましたか」
「あはは、ううん、なんにも」
「嘘だ」
「うそじゃないよ」

果たしてこれは嘘と呼べるのかわからないけど事実ではない。限りなく黒に近いグレーだな、なんて、嘘を重ねた上にそんなことを考えるなんて、どれだけ自己保身に走れば気が済むんだ、私は。
嘘だ、と京介は時々茶化すように言う。そのたびに私が内心ヒヤリとしていることにも、たぶん、気づいていない。だって私、嘘じゃないって、そのたびに言っている。京介はそれを信じてくれる。くそまじめ。少しくらい疑ったっていいのに。誰かを疑うことも、嘘をつくこと然り、人間として普通のことだと思うんだけれど。けど。
京介?
京介はそこらへん、どう思ってるのかな。

今まで付き合ってきた人たちはみんな、嘘もついたし、私を疑いもした。至極当然、当たり前だと思っていたから、私はそれを疑いはしなかった。京介と付き合ってからだ。嘘をつくのも、人を疑うのも、そんなにいいことではないんだなということに気づいたのは。
京介を疑うことはしないけれど、嘘はふつうについてしまう。だめだなあ。

「京介」
「はい」
「嘘って、そんなに悪者かな」
「?」
「京介は」
「はい」
「嘘つきの子はきらい?」

べつに、京介が嘘つきの私を好きでも嫌いでもよかった。オオカミ少女は痛い目に遭う。それがふつうだ。当たり前だ。至極当然だ。ふつう当たり前なのは、そっちだ。
いつだって誠実な京介に嘘をつくことはもちろん、重ねた嘘を後ろ手に隠しておくことが、そろそろつらい。隠しているつもりはなくても、わざわざ吐露しようとは思わないから、必然的に隠している形になってしまうわけで。

「嘘は、まあ、物によりますよね」
「…もし、京介が怒るような嘘を、私が京介についてたら…どうする?」
「嘘つきだろうとなんだろうと、たとえ怒ったとしても、俺は先輩が好きですよ」
「おかしいよ京介、変だよ」
「変ですか」

そんなこと言っちゃダメだよ京介。
何があっても好きみたいな、そんな無責任なことは軽々しく言っちゃいけない。いずれ嘘になってしまう。くそまじめな京介に、いつか十字架になりえるような嘘を、私がつかせたくない。
「先輩」京介の両手が頬を包む。目を正面からまっすぐ見られる。目線だけ下げた。

「俺が見てる先輩は、先輩ですか?」
「…うん」
「ですよね」

それならいいですと言って、京介は笑った。泣きそうになった。なったけど、真正面から泣き顔を見られたくなくて、我慢した。

「俺に嫌いになってほしかったですか」
「……うん」
「嘘だ」

結局我慢できずに、涙が目尻からこぼれた。京介はまた笑って、頬を包んでいた手で、めずらしく混じり気のない私の涙を拭った。手、かさかさ。骨っぽい。京介、京介。

「……私、嘘つくの上手なのに」
「見抜いたのは初めてです」

両手で拭いきれなくなるほど涙があふれて止まらないから、京介は私を抱き寄せた。これ、あとで京介のTシャツが濡れちゃうパターンだ。ごめんね。そんなこと思いながら、皺が寄るくらいTシャツを握り締めてる私も私だ。
私どうして泣いてるんだろう。
京介と付き合い出してから、もう嘘はあんまりつきたくないって気持ちがポコンと生まれて、ずっとそれを見ないふりして抑えこんできたから、その反動かもしれない。こんな風に泣けるほど好きになったのは、京介が初めてだ。これは嘘じゃない、決して。絶対言ってやらないけど。

「……烏丸」
「じゃ、なくて?」

その顔。その顔が好きなの。
これからもこの嘘だけはついていくのかな。ああでもさすがに京介も気づいただろうから、冗談みたいな、私の欲しがり甘えたがりだってことに。
そのたびにこうして訂正してくれるんだろうな。私に何かかわいい嘘をついたあとは、すいません嘘ですと言うんだろう。くそまじめ。私は京介のそういうところ、そういうところが。

「京介」
「はい」
「そゆとこ、嫌いよ」
「嘘ですよね」
「うそじゃないよ」

嘘をつくことも、人を疑うことも、いいことではないけれど、そうするのがふつうだ。悪いのが当たり前だけど、そうするのはふつうだ。
それと、もうひとつ。どんなに好きな相手でも、全部が好きってことはまずない。ねえ京介、もうちょっとくらい、楽に生きてもいいんじゃないの。私だったら、京介がつく冗談みたいなかわいい嘘、謝らなくても許すよ。なに言っても、許せるよ。
ねえだから京介、京介の思う私のきらいなところ、私に教えてほしいなあ、なあんて。嘘だよ。うそじゃないけど。



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