Chito×Kura . . . Type:A


「…………どないしよ」

部活中頭を打って倒れたらしい俺は大学の保健室で目を覚ました。体中の骨が痛みはするものの気になるほどではない。それよりも喉の奥が苦く、水を飲もうと鏡越しに見た自分の姿に驚いた。
いつもより長いサラサラの髪。あどけなさの残るすっと通った鼻筋。視線を下ろしていくとそこにある、男にはない、胸。
いや、白石蔵ノ介という人間は――幼い頃は女の子の服とか着させられたが――生物学上男としてこの世に生誕したのは事実であって、女ではない。なのに胸にある重さに加え、よく見れば女の顔をしている。鎖骨や腰骨を触ると骨格さえ女になっていた。

「…嘘やろ……」

こんな状態では部活にも顔を出せない。「さっきまで男やったけど女になってました」だなんて言ったら混乱も生じるし、練習にならない。そしていつまでも保健室にいるわけにもいかない。謙也のことだから心配してやってくるに違いないし、出くわす前に家に帰った方がいい。そう思ったものの、さすがに荷物は持ってきてはくれなかった。家の鍵は鞄に入ったままだ。取りに行くには部室まで行かなくてはならない。
さて、どうしよう。そう悩んだ時だった。廊下からする足早な足音に気づき、カーテンが隔てたベッドへと戻る。カーテンを閉めた瞬間、保健室の扉が開いた。

「白石、起きとるか?」

やってきたのは一人分の足音。通る低めの声からして謙也だ。

「おん、平気や」

平静を装い返事を返すと、またそれにも驚かされた。俺の声は例えるとヘリウムガスを吸ったみたいに高くて、女っぽい。先ほどから一度も声を出していなかったのが悪かった。確認すればよかった。そうしたら黙って隠れていれば何も起きなかった。

「ん?…白石、声どうしたん?風邪でも引いたんか」

「おかしな声やな」と指摘する謙也。嫌な汗が流れる。バレたら一大事や。今はこの体を死守しなければいかんのや。

「女みたいな声しとるで」

なんでこいつはホンマ…勘というか、察しがいいのか。鈍感のくせに。
と、近づいてくる足音に気づく。やばい、と思って近くの窓を開け、謙也に見られないようにすることしか考えずにそこから飛び降りる。幸いにも保健室自体1階だったので腰を打ったりだとか足を挫いたりせずに済んだ。室内から謙也の俺を探す声が聞こえる。

(堪忍な、謙也)

心の中で謙也に謝り、俺は校舎伝いに保健室を離れた。



ユニフォーム姿で大学の敷地内を駆けまわる俺の姿を、誰もが振り返る。男子テニス部のユニフォームを着ている女子がいたらそれは皆不審に思うだろう。けれどこうする他ない。
よくよく考えてみれば家には幸村クンがよく遊びに来るし合鍵も渡してある。万が一鍵がなくても幸村クンがいる可能性はある。それに今日は幸村クンは部活のない日やし、その確率は高い。このまま誰にも邪魔されることなく家に辿り着ければ、俺の勝ちや!――まぁ、誰と勝負しているわけでもないが。
そう思って正門へと駆けていく途中で数人の男に進路を塞がれる。その面々には見覚えがあった。
確かあれは俺が大学に入ったばかりの頃だったはずだ。大人しそうな女の子が男達に囲まれて困っていたところを謙也と一緒に助けに入った。その時に見た顔とよく似ている。

「お譲さん一人か?」
「俺らと一緒に遊ぼうぜ」

ニヤニヤとした極めて不快な笑顔を浮かべる男達を見上げる。そういえば身長も縮んでいた。男達を振り切って前に進もうとするも、そんな隙さえ与えてはくれない。部活のあるこの時間帯、帰る生徒はいるものの部活のない日に比べれば断然人通りは少ない。周りを見渡すもこの事態を救ってくれるあの時の俺や謙也のような人は見当たらない。

「1年か?見かけない顔だな」
「俺めっちゃタイプ。超奇麗じゃん」

全身を舐めまわすような気持ちの悪い視線を浴びせられ、俺は眉をひそめる。男に腕を掴まれ、キッと睨みつけると男は面白そうに笑った。

「いいなその目つき。前に会ったあの男にそっくりだ」
「ああ、あの可愛い子ナンパした時のいけすかない野郎か」
「でもあいつなかなか可愛い顔してたよな、男のくせに」

品定めをするように男達は俺を見やる。俺は掴まれた腕を振り払い、男達を無視して正門を目指して走りぬけようとした。けれど女になって男女の力の差を思い知らされた。

「逃がさねぇよ」

何人もの腕が伸びてきて、俺の腕や肩を掴んで引き寄せる。振り払うことなどできるはずもなかった。

「あんたみたいな奇麗な子は見つけるのに苦労するんだよ」
「そう簡単に逃がすわけねぇだろ」
「さーていい声で啼いてもらおうか」

下品な笑い声が耳に流れ込む。冷や汗が止まらない。女の体でこの男達から逃げられるわけがない。このままではヤられる。体を触られる。千歳以外の男に。そんなの嫌だ。俺が体を許すのはこの世でただ一人、千歳だけだ。
男の腕が頬や胸に伸びる。恐怖心から強く目を閉じた。けれど男の手がこれ以上俺の体に触れることはなかった。

「俺ん女に触んな」

ガッと鈍い音が耳に入り、閉じていた目を恐る恐る開くとそこには、

「何もされなかったとね?白石」

俺の大好きな笑顔を浮かべる、千歳の姿が。



仕事を終えて白石に会いに行こうかなんて思い立ったが吉日、ふらりと大学に立ち寄った。白石の通う学校は俺の仕事場から家までの帰り道に当たる。今日はいつもより早く仕事が終えたこともあり、日の落ちた道を歩くことはなく、帰り道を歩いていて久しぶりに夕焼けを見た。

(こんにきれいな夕焼け、蔵と一緒に見たいけん)

なんて思うも白石は今部活中であって、多分今日も「んんーっ絶頂!」なんて言ってるんだろう。俺じゃない男がいる前で。
白石は鈍いところがあると思う。人前で上記のように卑猥な言葉を喋るのは厭わないのに、俺が白石に同じような言葉を喋ると途端に顔を真っ赤にしてしまう。俺は白石を襲いたい衝動を我慢しているのに、白石ときたら誘うような態度をとる。危機感というものがないのか、と思う。

(そこもむぞかところっちゃけど)

白石のことを考えて思わず口元が緩んでしまう。すれ違う人から見れば俺は大分変な人に映っただろう。ちょっと恥ずかしい。
と、大学の門が見えてくる。一般に解放していることもあり、大学内に入って白石を探すのもいいと思い、前に一度大学を探索したことがあった。けれどそのせいでかえって目立ってしまったので白石にすごく怒られた。だから迎えに行く時は門の前で、という約束をしていた。
約束通り門の前で待っていると、開けた場所で何やら男がわらわらと集まっているのが目に入った。何か不自然だ。相変わらずの視力では何かわからないが、よく目を凝らして見るとその中心には背の低い子がいた。何やら絡まれているらしい。もしここで助けに入ったら白石は嫉妬するだろうか、なんて思いながら足を進める。でもきっと白石なら助けに入るだろう。助けなかったら間違いなく白石に幻滅されるだろう。それでも俺の一番は白石だ。拗ねられたらそれを証明してみせよう。白石が望むまま。
近くに来てみるとその女の子の姿が見えてくる。サラサラの、色素の薄い外ハネの髪。細くて華奢な体。それに、男子テニス部のユニフォーム。間違いなく、白石だ。囲まれている男に腕を掴まれ、不快な表情を浮かべている。その男達が白石の胴体――際どい部分に触れようと手を伸ばした時、思考よりも先に体が動いていた。
白石の腕を掴んでいた男を殴り、白石の肩を抱き寄せる。

「俺ん女に触んな」

身長が高いことが、こんなにも有利になるとは。白石を見下ろせられることだけが取り柄ではなかった。男達は俺を見るなり血相を変える。

「お前…まさか、九州の……」

この手の輩にはよく知られているのだろうか。俺が九州にいた頃やんちゃしていたことを。元ヤンというのは本当だが、喧嘩はよくないと白石に言われてからは拳を振るうことはなくなった。今のような事態は特別だ。きっと白石は許してくれる。右腕の袖をつまみ、俺の後ろに隠れる白石なら。

「だったらなんね?あん男みたいになりたかなら容赦せんね」

殴った男は口の端から血を流しながら地面に突っ伏している。それを見て男達は顔面蒼白になる。少し強く殴りすぎたか、とはいっても大事な白石に何かあったらそれはそれでもう遅いのだが。

「二度目はなか」

それだけ言って、男達を見下ろす。白石を囲んでいた先ほどとは打って変わって静かになる男達に踵を返し、白石を連れて大学を出る。すると白石は大きくため息を吐いて、そのまま地面に座り込んでしまった。

「どぎゃんしたと?」
「……おおきに、助かった」

相当怖かったのだろう。普段の白石ならあれくらいどうということはなかった。けれど今はなぜか女になってしまっているからだ。白石の腕をとって「帰ろう」と促すも、白石は首を横に振った。その横顔はどことなく赤い。

「……なして?」

そう聞くと、白石はおずおずと喉から声を絞り出す。恥ずかしそうに。

「……安心して、腰抜かしてしもてん」

空いている手で顔を覆い、俯く。その仕草が可愛くて思わず顔が綻んだ。白石の体を抱きかかえ、帰り道を行く。白石は最初こそ「恥ずかしいからおろせ」と言っていたが、「歩けんとだろ?」と聞き返すと「せやけど」と口の中でもごもごと文句を言っていた。きっと女扱いされるのが嫌なんだろう。けれど今の白石はどう見ても女だし、仕方ない。

「女の子扱い、今は許しなっせ」

公衆の面前でこれだけ女の子扱いできるのはそうそうない機会だ。それにこんなに奇麗で可愛くい白石はこの機会を逃せば今度お目にかかれるのはいつになるだろう。
そんなことを考えながら家の階段を上る。ポケットから鍵を取り出し、白石を抱えたまま扉を開ける。
敷きっぱなしの布団の上に腰の抜けたままの白石を置いて扉の鍵を閉めた。

「…ちとせ」
「なんね」

呼ばれて白石に振り返ると、改めて白石が女になってしまったのだと感じた。
首にかかる少し長めの髪。だぼついたユニフォームを胸の膨らみが強調する。襟から覗いた鎖骨が何やら官能的だ。というか白石全体がえろい。いつもそうだが、今日は一段と。いや、俺は決して男より女の方がいいとか思ってるわけではない。男でも女でも俺は白石という人間に恋している。だが普段とは違う白石の様子に、理性のタガが外れそうなのは当然といえば当然だった。
衝動的に白石を押し倒し、柔らかな唇に齧りつく。小さく息を漏らす白石の声は高い。今では白石の息遣いから仕草から何もかも俺を煽るものになっていた。

「ちとせ、」

荒々しい口付けの中、白石の唇がそう動いた。熱っぽい視線を受けて唇を離す。

「俺、あいつらに触られてん」
「…知っとる」
「やから、きれいにして」

首に腕が回され、ぎゅっと抱きしめられる。胸の膨らみが俺の胸板に押し付けられる。間違いなく、白石は誘っている。

「ちとせで、いっぱいにして」

付き合い始めた頃より随分上手になった懇願。白石の浮かべる切なげな表情に息を飲む。

「可愛がっちょるけん、好いとうよ。蔵」

満足そうに微笑む白石の唇を、乱暴に奪う。わけがわからなくなるくらい溺れんね。一緒に。白石にしか見せない雄の視線を交わらすと、白石はとろんとした瞳を瞬かせ、うん、と頷いて応えてくれた。



事後、白石の隣に横になろうとすると尻ポケットに突っ込んだ携帯が邪魔になり、そこで携帯に着信があったことに気づく。

『あぁ、千歳?白石のことは聞いてるよ。早く帰してね。今日は俺の好きなもの作ってもらう約束してるから』

留守番電話の相手は幸村だった。そういえば幸村は白石の家によく行っているんだった。折角の晩餐を邪魔してしまっていたことに気づき、白石を襲った男達のように顔から血の気が引く。
幸村が怒ると怖いというのは聞いていた。どれくらい怖いのかわからないけれど、同じ三強の真田や柳が参っている様子を一度だけ見たことがある。そうなると、着信がかかっていたのを無視していたことがバレたら大変なことになる。
やばい、とバツの悪い顔で隣ですやすやと寝息を立てる白石を見ると、体はもう男に戻っていた。それでも、寝ているだけなのに誘っているように見えるのは俺だけか。女の白石を抱けたから怒られてもいいか、と思っている自分がいた。


翌日、渋々白石を自宅に送るととても清々しい笑顔の幸村が出迎えてくれた。

「次はないからね、千歳」

それ以降、俺はもう幸村には逆らわないと心に決めた。何をされたかなんて聞かれたくない。教訓になったのは、幸村が精神的な攻撃が物凄く得意なことだ。




Glamorous


( Glamorous )


返すに返せなかった千歳。朝になっても渋ってたらかわいい。ちなみに白石が♀の子になったのは薬の仕組まれたスポーツドリンク飲んじゃったからです。千歳の携帯に幸村から連絡があったのは、謙也から白石がいなくなったと報告を受けてピンと来たからです。さすが神の子。
20111009 ナヅキ
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