Mura×Himu


「これが赤ちんでこれが黒ちん、これが黄瀬ちんでこれがミドチン、んで峰ちん」

机の上に散らばるお菓子の中からカラフルな飴玉やジェリービーンズを指差して名付けていく。命名しては口の中へと運び、その味を堪能する。まるで子供のお遊びだ、と頬杖をつきながら微笑ましい行動に日々の練習の疲労感を癒されていると、不意に自分のあだ名を呼ばれてドキッと反応してしまう。

「これは室ちんね」

そう言われて指差されたのは先の彼らとは違う小さな包装紙に包まれたチョコレートだった。敦は手のひらにぽつりと佇む一粒の「オレ」をじっと見つめてヘラっと笑う。

「主将達はどれなんだい?」
「もー食べちったし」
「そうか、ところでオレも食べられちゃうの?」
「うん。食べちゃう」

包装紙に手をかける敦の手は「オレ」よりもはるかに大きく、抵抗すら敵わないのだなと思い知らされる。(菓子に意思は無いが)。
――――…所詮努力は才能には敵わない。秀才がいくら頑張ったって天才には勝てないのだ。身ぐるみを剥がされる無抵抗のオレの半身がそれを忠実に表している。血のにじむような思いをして得た努力のたまものはことごとく、そしてあっさりと天才に破られ、攻略される。何度も挫折を味わって、それでもなおコートに立つことを諦めなかった。しがみついた結果、今オレは陽泉高校のWエースの座を掴んだ。けれど敦は恵まれた体格と才能でエースの座に座る。彼はキセキの世代と呼ばれる天才のひとり。オレとは何もかもが正反対の人間だった。Wエースという同じ土俵に立つ者同士としても力の差は歴然としている。努力を積んできたオレは何をしても才能を携えた敦には勝てない。結局努力は才能には勝てない。
才能を持つ弟分にどれだけの嫉妬を覚えただろう。どれだけの羨望を覚えただろう。オレが渇望するものを神から与えられた弟分は、残酷にもオレを兄と慕って笑顔を向けてくる。いつから感情を表に出さなくなったのか、それはオレもよく覚えていない。ただ、弟分に憧れる、そんな惨めな兄貴の姿など見せられない、見せたくないという子供ながらの意地を張っているだけだ。情けない。情けなくて涙が出そうになる。敦の手のひらのチョコレートが惨めなオレを映しているようで胸がチクリと痛む。
この世は弱肉強食だ。社会でも、学校でも。今はまだカタチを保っている「オレ」でも、すぐに敦の胃の中へ消えてしまう。秀才は天才に飲みこまれて日の目を浴びることもないままにその一生を終える。天才と秀才の間には絶対的な隔たりがあって、それを除去することは不可能――ゆえに差が生じてしまう。
敦のような天才から見てみれば、オレはそのちっぽけなチョコレートと同じくらいなんだろう、と思ってしまう。

「室ちん、何で泣いてんの」

敦に指摘されて初めて自分の頬が濡れていることに気付いた。

「あ、れ…おかしいな」

ぽろぽろと止めどなく溢れてくる涙は袖がぐしょぐしょに濡れても止まることは無く、オレ自身は焦りに焦ってパニックに陥っていた。オレらしくもなくガタンと音を立てて席を立ち、情けない泣き顔を晒すまいと「顔を洗ってくるよ」と言い残して水道に向かおうとした。けれど咄嗟に敦の長いウイングスパンがオレの濡れた袖を掴んで止めた。伏せ目がちな目がじっとオレを捉える。手のひらに乗せた「オレ」を一息に口へ投げ込んだ敦は掴んだ腕をぐっと引き寄せ、前のめりに倒れたオレの唇を奪った。甘い舌が溶けたチョコレートを流し込んでくる。甘いものが得意じゃないオレは敦の胸を叩いて「止めてくれ」と訴えると、しばらくして唇が離された。

「室ちんチョコ欲しかったんじゃないの?」

だから泣いちゃったんでしょ、と頭をぽんぽんと叩かれる。敦に「最近よく泣くね」と言われたのはWCが終わってからだった。タイガとの直接対決をして、自分の全てを出しきって、今まで秘めていた熱いものをあの試合で解き放った。そんな試合をして、閉じていた涙腺が存在を認めろと言わんばかりに何かにつけて泣いてしまうことが多くなった。やはりそれは自分との力の差を見せつけられた時、引き金を引いてしまうようだ。今だってそうだ。
「違うの?」と大好きなお菓子を折角分けてあげたのに、と不満気の敦は下唇を突き出す。

「……アツシが、…アツシが欲しい」

敦のように身長が高かったら。敦のような長いウイングスパンだったら。どれだけバスケが楽しめるだろう。今よりももっと、もっと強くなれるのに。できることならば敦になりたい。いつも間近でプレーを見てきた。その天才的なプレーを。
――――…無い物ねだりなのはわかってる。わかってるんだ。それでもオレは、バスケが好きなんだ。

「アツシが、欲しい…っ」

込み上げてきた涙が再び頬に流れ落ちた時、ぐっと敦に抱き締められた。温かくて憎らしい身体に包まれて、頭に乗せていた手は背中に回ってぐずった赤ん坊をあやすように一定のリズムで叩いた。
いつもはオレの方が敦の面倒を見て甘やかせて、慰めてやるのに今回は立場がまるっきり逆。

「はいはい、室ちんおねむだし。ご飯には起こしてあげるから寝てていーよ」

赤ん坊の面倒を見たことがあるのか、眠たい時に泣き出してぐずる赤ん坊とオレを重ねているらしい。オレよりも一回り以上大きい手のひらが背中を叩く、それはとても優しいもので、オレは取り繕ってきた体裁を忘れて敦の肩口に頭を埋めてわんわん泣いた。




泣きやんだ室ちんは目元を真っ赤に腫らしてオレの腕の中で寝息を立てていた。

(ほんと、室ちんてめんどくさい)

ただでさえ美人なのに奇麗に泣くから、余計放っておけないし。唇についたチョコの名残を指で拭って、まだ甘ったるい味の残る自分の舌に乗せた。




Brilliant and Genius


( Brilliant and Genius )


深刻な紫氷不足。増えろ。
20120819 ナヅキ
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